2026年01月01日

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大丸松坂屋百貨店の新規事業、黒字化へトライ&エラー加速 

百貨店各社で新規事業の立ち上げに積極的なのが大丸松坂屋百貨店だ。とりわけ新型コロナウイルス禍以降、店舗だけに依存しない客との接点の増加を目的に、ファッションサブスクリプション「AnotherADdress(アナザーアドレス)」(2021年3月)、ショールーミングスペース「明日見世(asumise)」(同10月)、アートのオウンドメディア「ARToVILLA(アートヴィラ)」(22年1月)、冷凍グルメのサブスク「ラクリッチ」(23年5月)、クリエイターとの共創でオリジナルの3Dアバターを販売するメタバース事業(同10月)、女性がオンラインで手軽に心をケアできるサービス「Calmin(カルミン)」(25年3月)などを相次ぎスタート。新しい客と需要を開拓してきた。ただ、アナザーアドレスや明日見世が右肩上がりを描く一方、ラクリッチが25年7月で終了したように、全てが順風満帆ではない。それぞれの進捗と課題、展望を追った。


法人やリアル店舗に進出、攻めるアナザーアドレス

大丸松坂屋は20年9月にデジタル事業開発部を設け、翌年からはDX推進部として新規事業の開発に取り組んできた。その嚆矢がアナザーアドレスだ。国内外のファッションに強みを有する百貨店ならではのブランドラインナップなどが支持され、会員数と売上げは右肩上がりで推移。直近の26年2月期第3四半期も会員数と売上げが前年の約1.2倍を記録し、25年12月1日時点での登録会員数は約37万人、これまでの累計レンタル数は約53万着に上る。サブスクで重視されるLTV(利用開始から解約までの期間)が約11.4カ月(26年2月期、有料会員の平均)と高く、平均解約率が1.16%(26年2月期第3四半期)と低いのも特徴だ。25年6月には法人向けの新たなサービスを始めたが、同12月1日時点で契約した法人は67を数える。同6月18日時点では14で、半年も経たないうちに5倍近くに増えた。

躍進の背景には、攻めの姿勢がある。ブランドの数は当初の50から直近で460以上に増えており、カテゴリーも23年3月にメンズ、同9月に現代アート、25年4月にマタニティウエアなどに広げてきた。23年12月にはアップサイクルブランド「reADdress(リアドレス)」をスタート。レンタルで汚損、劣化した衣料品を染め直したり、リメイクしたりして新たな価値を生み、再び貸し出せるようにした。

アナザーアドレスは事業パーパスに「持続可能な循環型ビジネスモデル」を掲げており、アップサイクルは屋台骨だ。24年8月からは、衣類循環アップサイクルプロジェクト「roop」を推進。アナザーアドレスの利用者らから思い入れのある服を回収し、デザイナーが生まれ変わらせ、レンタルに回すという構造だ。環境省が選定する「環境配慮行動普及促進事業費補助金及び二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金(「デコ活」(脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動)推進事業)」に採択され、ファッションデザインコンテスト「roop Award 2024-2025」も企画・運営した。

25年2月15日に、国立代々木競技場第一体育館で最終審査と授賞式を実施。一次審査を突破したプロ部門の10人、学生・アマチュア部門の10人のプレゼンテーションを経て、総合グランプリにはプロ部門の播磨マイア氏、学生・アマチュア部門のグランプリには大阪モード学園の宮川一葉氏が選ばれた。roop Awardは関連するイベントを含めて500を超えるメディアに取り上げられ、約2カ月間の有料会員CVRは約2倍と高水準だった。プロ部門で受賞した作品はアナザーアドレスでレンタルできるが、順番待ちも珍しくない人気ぶりだ。roop Awardは第2回が進んでおり、プロ、学生を含むアマチュアが約90人参加。26年3月に最終審査と授賞式を行う。

「roop Award 2024-2025」で総合グランプリに輝いたプロ部門の播磨マイア氏と審査員を務めた俳優の長谷川京子氏

強化してきたのは品揃えだけではない。ウェブサイトも見やすさ、分かりやすさ、選びやすさを追求して定期的にリニューアル。23年9月には「ファッションタイプ診断」、AIが利用者の履歴やファッションタイプ診断の結果などを踏まえて推奨してくれる「アイテム表示レコメンド AI」を導入し、「ファッションに興味はあっても自分に何が似合うか分からない」という人が利用しやすくした。仕事や育児などで忙しい人々の時短需要にも適う。

黒字化に向け、業務の内製化も進める。24年には倉庫を神奈川県横浜市瀬谷区に移転・増床し、商品の入庫や出庫から検品、修繕、「ささげ」までの業務を一気通貫で可能にするとともに、クリーニングを委託していた企業から事業と工場を承継。業務の効率を上げるとともに、クリーニング業界の繁忙期に当たる3~5月でもそのクオリティを安定させ、コストを最適化する。25年6月には、基本的に外注だった修繕も難しい作業を除いて内製化。運営費の削減に余念がない。

25年はターゲットを法人にも広げた。6月18日に「AnotherADress.biz」を開始。テレビ局や制作会社、スタイリスト、ゴルフ場運営会社、豪華客船の運航会社などからの要望に応えた。1着当たり4000円でレンタルできる「従量課金型プラン」、月額8万円で20着、同13万円で35着、同17万5000円で50着を借りられる「固定課金型プラン」の2種類からなり、12月1日時点で67の法人が契約する。特に多いのが衣装の調達に時間やコストがかかるテレビ局とスタイリストで、アナザーアドレスの事業責任者である田端竜也デジタル戦略室DX推進部部長は「ブルーオーシャンだ」と伸びしろに期待する。

さらに、26年2月6日~6月15日にはリアル店舗をコレド日本橋の3階に出す。190.18㎡の店舗に、460ブランドからセレクトした衣服やバッグ、アクセサリー、アートなどを集積。プロや専門資格を有するスタイリストが常駐し、客の悩みや要望などに応える。取り寄せも可能で、その分を含めた店内在庫は800~1000着に上るという。田端氏は「大丸松坂屋の各店やパルコでの常設を視野に入れた、新たなチャレンジ。(2月6日~6月15日は)最も会員が増える時期に、有料会員と親和性が高いエリアにリアル店舗を構えたかった」と狙いを明かす。

アナザーアドレスの有料会員の95%は東京、大阪、名古屋に住んでおり、うち75%は東京。東京では豊洲、晴海、月島が多い。平均年齢は42歳で、30~50代で91%を占める。東京都内でも有数のビジネス街に位置するコレド日本橋はうってつけだ。大丸東京店内も検討したが、必要な面積を確保できなかったという。

アナザーアドレスは28年2月期の営業黒字化を視野に、22年2月期~24年2月期を「検証期」、25年2月期~27年2月期を「顧客拡大期」と位置付ける。目下の課題は有料会員化率の伸び悩みだ。24年からタワーマンションの共用部分にポップアップストアを設け、有料会員CVRが50%を超えるなど成果を上げてきたが、「当然ながらマンションの住民しか来てもらえないため、500戸で10人くらい」(田端氏)と効率は悪い。多くの来客を見込める場所にリアル店舗を開き、見て、選び、着る体験を通じ、有料会員を嵩上げする。

顧客拡大期だからこそ、リアル店舗以外にも新たな手を打つ。「ブランド、在庫が増え過ぎている。『より見付けやすくする』は継続課題。注目しているのはLLM(大規模言語モデル)だ。現在のレコメンド AIには限界がある。なぜこのアイテムを推奨するのか、説明がないからだ。百貨店の接客は、それができている。できれば早期にベータ版のLLMを搭載し、チューニングしていきたい。在庫が増え過ぎた結果、ウェブサイトの重さも会員から指摘されており、現時点で何も決まっていないが、アプリの開発も選択肢の1つだ。品揃えでは新たなカテゴリーを検討している」と田端氏。営業黒字化までは「まだ五合目」(田端氏)と気を引き締め、攻めを貫く。

収益力が一段と向上、明日見世への熱視線

大丸東京店の9階で運営するショールーミングスペース「明日見世」が右肩上がりだ。約3カ月ごとにテーマやブランド、展示などを一新するが、25年11月12日からの第6弾では過去最多の27ブランドを揃えるとともに、前期に追加した出品料が2番目に高い契約形態「BRANDING」(1カ月あたり110万円)が1社から3社に増加。ブランドの数と高額な契約が増え、収益性は一段と高まった。

契約形態は明日見世に対する期待感とイコールだ。契約形態は「STANDARD」、STANDARDより広いスペースで陳列できる「STANDARD PLUS」(同60万円)、大丸松坂屋のアプリ「大丸・松坂屋アプリ」を活用した来店促進、客へのサンプリングやアンケートなどが可能な「CONNECT」(同95万円)とBRANDING、ポップアップストアのように展開できる「PREMIUM」(同200万円)の5種類だが、高額なBRANDINGやPREMIUMを選ぶ企業が増えてきた。これまでに積み上げてきた成果や評判、信頼にほかならない。第6弾では、F.I.S.が手掛ける「BEAUTIFUL SILICA」がPREMIUM、ジェイ・エスの「IONDOCTOR」、エテルナムの「Eternam」、三省製薬の「DERMED」と「IROIKU」がBRANDINGで登場。PREMIUMは、前期までの三省製薬に続き2社目となる。

再出品する企業の増加とアイテムの幅の拡大も、明日見世の価値を証明する。第6弾では、約3分の1のブランドが再出品。26年2月3日までの期間を生かし、クリスマスやバレンタインデーなどの贈答需要を取り込む。大貫哲也本社デジタル戦略推進室DX推進部デジタル事業開発担当は「新生活や梅雨に照準を合わせる企業もある」と話す。企業のプロモーションに明日見世が組み込まれつつある。

明日見世について、大貫氏は「順調に推移している」と強調する。実際、取り扱うブランドの増加に伴い人員を増やしており、新たにPR担当も配置した。ブランドも体制も拡大路線で、さらなる成長を目指す。

「感動共創」で商機拡大、アートヴィラの成長戦略

アートを、より身近に――。アートの啓蒙や拡販に力を入れる大丸松坂屋が、22年1月に構えたオウンドメディアがアートヴィラだ。アートに関する情報などを提供するとともに、リアル店舗で展覧会を実施。アートを「知る」から「学ぶ」、そして「買う」までの道筋を整え、その振興と大丸松坂屋の収益力の強化につなげる。

アートヴィラで紹介するアートは、コンテンポラリーを軸に、工芸品やサブカルチャーも対象。アートを身近に感じてもらうためには、専門家だけでなく多種多様な視点と情報が必要と判断し、経営者の遠山正道氏、建築家の永山祐子氏、アイドルの和田彩花氏、クリエイティブディレクターの植原亮輔氏、美術コラムなどで活躍するアートテラーのとに~氏らを「#DOORS(ドアーズ)」と呼ぶパートナーに迎えた。25年12月16日時点で、その数は120人を超える。

アートヴィラには、販売するアートや展示会の情報、ドアーズのメンバーのエッセイやインタビューなどの記事が並ぶ。記事の内容は良い意味でバラバラだ。アート業界からの一方通行でなく、ドアーズというフィルターを通して、より多くの人に関心を持ってもらう狙いがある。

オウンドメディアの運営と並行して、リアル店舗で展示販売会を行う。実物を見て、学び、買える機会は、最高の接点だからだ。VRと掛け合わせたり、音楽や映画、DJ、トークショーと融合させたり、工夫を凝らした展示販売会を行ってきたが、アートヴィラを主導する村田俊介本社営業本部MDコンテンツ開発第1部マネジャーが象徴的な成功事例として挙げるのが、25年7月30日~8月5日に大丸東京店で開いた展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」だ。

25年7月30日~8月5日に大丸東京店で開いた展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」

文字通り、クリス氏と協業。ラジオパーソナリティとして知られ、ドアーズの一員でもあるクリス氏が「自然」「ガラス」「ローカリティー」といった切り口からセレクトした、お気に入りの5組の作家――有馬晋平氏、潮工房(小西潮氏、江波冨士子氏)、康夏奈氏、都築まゆ美氏、フランシス真悟氏――の絵画をはじめ、暮らしに寄り添う工芸品を揃えた。

象徴的な成功事例の理由は、J.フロント リテイリングが目指す「感動共創」によって実現したからだ。当時の企画担当者はクリス氏の大ファン。自ら取材を熱望し、その縁から展覧会にこぎ着けた。「窓が一番のアート」というクリス氏の考えを具現化するタイトルと展示を組み立て、クリス氏は設営まで携わったという。まさに、企画担当者とクリス氏による感動共創だ。

感動共創は、大丸松坂屋に新たな作家、ギャラリーとの出逢いをもたらした。オウンドメディアの収益性を数値化するのは難しいが、1つの成果に違いない。村田氏は手応えを口にする。

「ページビューの数だけではアートヴィラを継続できない。オウンドメディアを続ける意味は、最終的に売上げだ。ただ、アートヴィラを介して新しいお客様にリーチできているからこそ、4年近く続いている。オンライン販売でも登録してくれるギャラリーが新規を含めて増えており、ポジティブな印象を与えられている証だ。スピードは緩やかかもしれないが、思った通りに進んでいる。紹介したい作家の販売機会を、店舗と連携して広めていく。この方向性は合っている。アーティストからは『私にも声がかかったか』と言われるようになっており、アーティスト達のコラボも加速してきた。新しい取引先の開拓にも大きな成果がある。取材のオファーは断られづらく、ファーストコンタクトにつながりやすいからだ」

アートヴィラは、有形無形の価値を示す。事業を継続するためのコスト意識も高い。村田氏と同部門でアートヴィラを担当する成澤彩氏は「自社が運営するメディアでアートを売るとなれば、アーティストと直接つながる方が有利。24年末から運営も販売も内製化した」と説明する。その上で「スタートからリアル店舗でもイベントを開きつつ、プロジェクトベースで発展しようとしてきた。今後はさらに新しいタッチポイントを増やし、売上げにつなげる。これまでは関東でのイベントが多かったが、全国に広げていく。当初から大丸松坂屋の店舗以外でのイベントが多く、そのノウハウはある」と成長戦略を明かした。

「心のケア」を文化に、カルミンのチャレンジ

25年3月にスタートしたカルミン。「心のケア」という、特に現代で関心が強まる分野に照準を合わせた。①Relax(=緊張をほぐす)②Rethink(=思考をクリアにする)③Rythm(=自分のペースを調える)④Refresh(=新しい風を呼び込む)⑤Recharge(=心と体に活力を取り戻す)――の5つに基づくプログラムをオンラインで提供。忙しい女性が手軽に心や思考をセルフケアできるようにした。

「カルミン」は「心と思考のセルフケアサロン」を掲げる珍しいサービスだ

プログラムは、ヘルスケア・ビジネスナレッジの社長や事業構想大学院大学の特任教授などを務める健康産業の専門家、西根英一氏が監修。主にサウンドバス、ストレッチ、写経、思考トレーニングなどからなり、講師にはサウンドセラピストのHIKO・KONAMI氏、ヨガインストラクターの安斉奈緒美氏、書家の辰巳沙織氏、エグゼクティブコーチの金井愛理氏らが名を連ねる。

プログラムは約10分間で、100本以上からなり、料金は月額990円。それ以外にも、オフラインでの月替わりイベント、スナックのママや僧侶、占い師ら多彩なメンターと話せるプライベートセッションを盛り込んだ「プレミアムプラン」など、サービスの幅を広げてきた。

心をケアするサービスは珍しいが、カルミンを手掛けるデジタル戦略推進室DX推進部デジタル事業開発の比留間由依氏には確固たる意志がある。「百貨店はファッションや化粧品など表面的なケアを提供してきたが、内面まで深くアプローチできないかと考えた。きっかけは『ファッションとはどういう存在か』を突き詰めた時。『プレゼンテーションのため』『自己肯定感を高めるため』など様々だが、自分にとっては『ちゃんとした服を着ているから大丈夫』という内面(の安定)だった。そこから『もっとドンピシャの心のケアを考えたい』と思い、誰かの背中を押せる、自己肯定感を高めるためには、ファッションや化粧品以外の手段も必要」。新しい手段として構想したのが、カルミンだった。

当時、比留間氏は企業派遣で事業構想大学院に通っていた。22年3月に卒業したが、その論文が76ページに及ぶカルミンの事業構想計画書の原案だった。ただ、実現には約3年を要した。比留間氏は「どこからどう始めていいか分からず、つらい時期も長かったが、インタビューしたり、社内で実証実験したり、少しずつ前進した。転機となったのは、J.フロント リテイリンググループのCVCの兼務。スタートアップの情報を収集しながら、(カルミンをスタートさせるために)どこと協業すべきか、どのように事業を組み立てるべきかなどを学んだ。やがて、最適なパートナーを見付けられた」と回顧する。パートナーとはカルミンの講師でもある金井氏が設立したRUBILIAで、カルミンとは業務委託契約を結んだ。

ゴーサインが出たのは昨夏だ。コンセプトや内容を固め、昨年10月には試験的に神奈川県鎌倉市内で「ゴングメディテーション」を実施。ボクシングの試合などで使われるゴングの音に身を委ねる瞑想で、画像共有アプリ「インスタグラム」のみで告知したが、20~30代の女性を中心に10人が参加した。場所は鎌倉、費用は3時間で1万円とハードルは低くなかったが、終了後のアンケートからは参加者の満足度の高さが窺えた。ただ、比留間氏は「いわゆるアーリーアダプターが多く、(リアルでのイベントは)マスへの広がりに欠ける」と判断。オンラインサービスでの始動を決めた。

オンラインサービスの知見は乏しかったが、社内のインフルエンサー事業の担当者に相談できたほか、RUBILIAの金井氏は過去に女性向けキャリアスクール「SHElikes」の事業責任者を務めており、動画配信をベースにした事業開発のノウハウを有する。準備は着実に進み、今年3月27日にカルミンは産声を上げた。

インスタグラムで広告を流し、無料通信アプリ「LINE」に誘導する形で利用者を募っており、LINEの「友だち」は9806人(12月16日時点)と1万人に迫る。利用者のメインは30代後半で、40代が続く。利用者にインタビューすると「心を良い状態に保つために自己投資している」という回答が多い。比留間氏は「コロナ禍以降、心のケアは定着した。とりわけZ世代は健康意識が高く、『お金より心の平穏』という人が多い。その1つの出口として『推し活』があるのではないか」と分析する。

もっとも、収益化への壁は高い。カルミンは正式には新規事業化の前段階で、社内では他にメタバース事業やインフルエンサー事業が該当するが、ゆえに人員や予算は限られる。パルコからの出向者を含めて5人の女性で運営するが、プログラムのディレクションや講師の選定、台本の用意など業務の大半を内製化し、動画の編集だけ外部のフリーランスに依頼してコストの削減に努めるほか、利用者の継続率、広告の顧客獲得単価やクリック単価などを1年間で検証。事業の成算を見極める。

「当面はオンラインに軸足を置くが、利用者の2~3割は地方都市に住んでおり、結果的に利便性や親和性が高い。中長期的にはオフライン、BtoBにも広げたい。心のケアは今後の百貨店にとって挑むべき分野であり、MZ世代との接点をつくるためにも必要。自信を持ってやっていく。ニーズがあるからこそ、カルミンには社内外の人が協力してくれている。成功すれば、本業のイノベーションにもなる。心のケアを文化にしたい」と、比留間氏は力を込めた。

メタバース事業で受賞、地方自治体と共同制作

21年から取り組むインフルエンサー事業、23年に参入したメタバース事業、25年に始めたVtuber事業も継続しており、例えばメタバース事業では島根県西部の石見地方の伝統芸能である「石見神楽」のメタバース化を島根県江津市と協力して制作。VRChat内で世界中の人々が体験できるようにして話題を集め、一般社団法人Metaverse Japanが開催した「Japan Metaverse Awards 2025」で「メタバースジャパン特別賞」に輝いた。百貨店業界とは縁遠いと思われがちなフィールドでも、大丸松坂屋の名は広まりつつある。

大丸松坂屋は闇雲に新規事業を立ち上げているわけではない。一定の期間で検証し、採算に目途が立たなければ撤退する。プロモーションでも慈善事業でもなく、新たな収益源の確立が目的だからだ。実際、ラクリッチは2年余りでピリオドを打った。26年も新規事業が増えるのか、はたまた整理されるのか――。近年は多くの百貨店が新規事業にチャレンジしており、先駆者の一挙手一投足に耳目が集まるのは間違いない。

(野間智朗)