2024年10月10日

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名鉄百貨店、車いすのけん引装置を製造・販売

3月11日にデモンストレーションを実施。多くの報道陣が駆け付け、注目度の高さを窺わせた

名鉄百貨店は、取り付けると「てこの原理」で車いすを通常の10分の1の力で動かせる装置「JINRIKI(じんりき)」の製造・販売に乗り出す。同社は2020年9月からJINRIKIを取り扱ってきたが、車いすの利用者から福祉・介護施設、駅、市町村、消防署まで「移動の利便性が高まる」「災害時の緊急避難に役立つ」と引き合いが多く、22年度(22年4月~23年4月)は約300台、23年度(23年4月~24年3月)は400台以上を販売。今後も需要は増え続けると判断し、株式会社JINRIKIから特許の使用許諾を受けるとともに、中央発條に製造を委託した。名鉄百貨店は、今年2月20日に日本産業規格が制定した「福祉用具-車いすけん引装置」の基準に沿った製品試験完了後にJINRIKIの新シリーズ「JINRIKI QUICK3」を製造し、4月中を目途に販売を開始。約1年後の25年4月以降に毎月200台の販売を目指す。

車いすにレバーを取り付け、前輪を浮かせるとともに、前から引く。通常の10分の1の力で移動できるという

JINRIKIは、JINRIKI社の中村正善社長が開発した。中村社長は兄弟が車いすを利用しており、その走破性の課題を認識していたが、2011年3月11日の東日本大震災で車いすの利用者や介助者らの多くが避難できなかったと知り、約3年の試行錯誤を経て、車いすにけん引用のレバーを装着し、前輪を持ち上げて前から引き、坂道や段差、がれき、降雪などの悪条件下でもスムーズに移動できるJINRIKIを完成させた。

JINRIKIは14年3月11日に発売され、累計販売数は約8000台に上る。介助者の負担が大幅に軽減されるメリットが評価された格好だ。車いすの利用者やその家族、市町村の防災、観光、教育、スポーツなどの部署、福祉・介護施設、レジャー施設、福祉協議会、自治体、消防団らが購入。名鉄百貨店の親会社である名古屋鉄道も約10の主要駅に導入した。

名鉄百貨店とJINRIKIの出会いは20年に遡る。「新型コロナウイルス禍で営業を制限され、“外”で売っていける商品を探していた。他方、JINRIKIの中村社長は防災活動がコロナ禍で中止を余儀なくされる中、名古屋鉄道に売り込んだ。名古屋鉄道はJINRIKIを主要駅に導入すると決めたが、BtoCは行わない。そこで当社が紹介された」。諸岡繁久取締役営業副本部長が経緯を説明する。名鉄百貨店は「車いすに特化されており、裾野が広いわけではないが、困り事を解決する手助けになる。人命を助ける可能性があり、その選択肢になる」(諸岡氏)と捉え、同年9月にJINRIKIの取り扱いをスタートした。

以降、体験してもらったり、デモンストレーションを見てもらったりしながら、販売に注力。22年3月からは販売総代理店を担い、卸売にも取り組んできた。直近の販売実績は22年度が約300台、23年度は400台超を見込む。諸岡氏は「この2年間で可能性を感じた。『すぐ買う』とはなりづらいが、反応が非常に良い。安全・安心は鉄道会社の使命であり、そのグループである百貨店が扱うのは親和性が高い」と強調。販売総代理店から製造・販売への事業拡大を決めた。

製造は自動車部品メーカーであり福祉用品も手掛ける中央発條に委託。名鉄百貨店は販売を主導する。販売するのは、従来のJINRIKIをリニューアルしたJINRIKI QUICK3(以下、JINRIKI)。座幅が狭い子供用の車いすにも取り付けられるようにするとともに、レバーの角度を変えてより使いやすくし、強度も高めた。価格は6万280円。本来は4月1日に発売する予定だったが、2月20日に制定および発表された日本産業規格の基準に沿った製品試験完了後に生産を始めたため、4月中に変更した。諸岡氏は「行政からは真っ先に『安全性は大丈夫か』と聞かれる。そのハードルを越えられる仕様は強みになる」とクオリティに自信を示す。

卸売以外では、名鉄百貨店本店本館8階のギフトサロンに展示。使い方などが分かる映像を流しており、スタッフに声をかければ体験も可能だ。行政や福祉・介護施設らから「デモンストレーションしたい」という要望があれば、JINRIKIと動画をセットで貸し出す。まず試してもらい、認知度を上げ、拡販につなげる。名鉄百貨店も今年3月11日に本店メンズ館1階のイベントスペースでデモンストレーションを実施。多くのメディアに紹介され、貸し出しを求める声が相次ぐという。

JINRIKIの商機は幅広い。例えば、水を運ぶリヤカーとしても使える。災害時は避難所に水や缶詰、燃料などが届くが、高齢者は家まで持ち帰りづらい。JINRIKIであれば、高齢者でもガソリンが入った18Lのポリタンクを2つ車いすの座面に置いて運べる。

観光でも役立つ。長野県は山と雪が“名物”だが、車いすにとっては天敵。悪路をものともしないJINRIKIはサポートに最適で、いわゆる「ユニバーサルツーリズム」の実現にも寄与する。

学校やスポーツでも活躍する。学校では、車いすの利用者が遠足などでクラスメートと一緒に行動が可能。通常は難しいという。ある学校は校長が名鉄百貨店に相談し、名鉄百貨店はJINRIKIを貸与。教師が生徒に使い、全員で遠足を楽しみ、その親から喜ばれた結果、2台の購入に至った。

スポーツでは、福岡マラソンで担架の代わりに使用された。大人を担架で運ぶと重いが、JINRIKIなら容易だ。名鉄百貨店がサポートする地元のマラソン大会でも担架の役割を果たした。マラソン大会の場合、平均して10回はJINRIKIが出動するという。

「初年度、2年目は認知度を上げていき、まずは月間に50台くらいの販売からスタートして、1年後の3月以降は200台を目指したい」と諸岡氏は意気込む。当面はJINRIKIの拡販を急ぐが、将来的には福祉関連の品揃えを増やす方針だ。「競合も多いが、『名鉄』の信頼を活用しつつ、百貨店ならではの目利きで『ほかにない』『新しい』『インポート』の役立つ商品を提供する」(諸岡氏)。JINRIKI事業を軌道に乗せた先に、新たな収益源が待つ。

(野間智朗)