2024年12月07日

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小田急電鉄の「下北線路街」、支援型開発で地域の発展後押し

個店が集まり、街中の路地を散策しているような開放的な空間「reload」、新しい顧客呼び込む

小田急電鉄の「下北線路街」が2022年5月28に、全面開業した。小田急小田原線の連続立体交差事業および複々線化事業による鉄道の地下化によって、東北沢駅~世田谷代田駅間の約1.7kmの線路跡地に開発。両駅の間にはテラスハウス・温泉旅館・保育園・都市型ホテル・店主の顔が見える商店街・新しいカタチの駅前施設など13の施設が整備され、街歩きも散策もできる遊歩道が完成した。この新しい街は「支援型開発」によって具現化され、地域のプレイヤー達のチャレンジを後押する拠点となった。そこで、支援型開発で完成させた下北線路街の街づくりやプレイヤーづくりの拠点としての機能・役割などを、小田急電鉄まちづくり事業本部エリア事業創造部課長代理の向井隆昭氏に聞いた。


小田急電鉄まちづくり事業本部エリア事業創造部課長代理の向井隆昭氏

—―テラスハウスの「リージア代田テラス」のオープンを皮切りに線路跡地の開発が始まり、22年5月に下北沢駅前(南西口)に「NANSEI PLUS」が誕生し、東北沢駅~下北沢駅~世田谷代田駅までの全長1.7kmの間に13施設が完成して「下北線路街」が全面開業しました。下北線路街という新しい街ができたことによる変化をどのように感じていますか。

下北沢に住んでいる人も、下北沢に来街する人にも変化があったと受けとめています。線路跡地に13の施設が完成して下北線路街が一本の道でつながり、緑のある遊歩道ができたことで、近隣にお住まいの方や高齢の方が散策されるようになり、散歩を兼ねてペットの犬を連れた人も多くみられます。開放的な街路に惹かれ、インバウンドを含め外国人の方の線路街歩きも少なくなく、施設にあるテラス席を利用して食事を楽しんでいる光景がみられます。

特に大きな変化として挙げられる1つ目は、遊歩道ができたことでベビーカーにお子さんを乗せた子育て世代が日常的に足を運ぶようになったこと。下北沢にはベビーカーを押して歩けるほどスペースに余裕ある道が少ないので、開発前に比べてかなりの増加をみせています。2つ目は元々下北沢が好きな若者はライブに訪れるなど演劇好きなサブカルチャー寄りの人達がほとんどでしたが、下北線路街ができたことで渋谷、原宿、青山などに足を運んでいるような、今まで下北に縁がなかった若い世代も訪れるようになりました。

3つ目は遊ぶ場所、住む場所である下北沢にほとんどイメージがなかった「働く場所」としての印象が加わったことです。これには我々の下北線路街がNANSEI PLUSにある複合施設「(tefu)lounge」や、新しい商店街「BONUS TRACK」にコワーキングスペースやスモールオフィスを設け、オフィスワーカーをはじめ、クリエイターやデザイナーを呼び込んで下北の昼間人口を増加させる意図がありました。加えて店舗だけでなくシェアオフィスやスモールオフィスを構える京王電鉄の「ミカン下北」の開業とも相まって、フリーランスなどとして働く30~40代を中心とした働く人達が街の中に増えたと感じています。

—―小田急電鉄が下北線路街の街づくりの手法とした「支援型開発」が各方面から注目されました。支援型開発によってどのような街づくりをされたのですか。

線路跡地の開発を進めるに当たって地元の声を反映させる必要性を感じ、施設の開発が本格化する前の17年頃から地元住民が集まる世田谷区主催の話し合いの場に足を運び始めたことをきっかけに、直接地元の声を聞き、合わせて世田谷区とも何度も意見を交わし、地域としっかり向き合ってきました。それから1年かけて当初の開発計画を軌道修正した新構想を固め、19年から開発を本格化させました。地域との対話を計200回以上重ねた結果、例えば地元から街の中に緑が少ないから増やしてほしいという要望に対しては、我々小田急電鉄が線路街に緑をたくさん増やし、管理は地元の方々を中心とした仕組みを実現可能にしたのが「シモキタ園藝部」です。

シモキタ園藝部には地元の人を中心に現在約200人が活動しており、下北線路街にある緑地の6割以上の植栽を管理しているだけでなく、線路街で採取したものでつくるハーブティや園芸関連商品の販売、ワークショップやイベントも開いていますし、世田谷区も我々小田急電鉄もハードだけでなくソフト面で園藝部のサポート役に回り、一緒に仕組みづくりを進めてきたことから、シモキタ園藝部は支援型開発の典型的なモデルケースだと考えています。もちろん、我々が取り組んでいる支援型開発は事業性を担保した上で地域の価値を生み出していくこととリンクさせており、宿泊施設もその1つです。

インバウンド、地元の人にも利用が広がり高い稼働率を誇る「由縁別邸 代田」(提供:ナカサアンドパートナーズ)

—―下北線路街には温泉旅館と都市型ホテルの2つの宿泊施設がありますね。

温泉旅館の「由縁別邸 代田」も、都市型ホテルの「MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWA」も存在感を高めています。特に由縁別邸 代田の開発経緯は特徴的で、宿のある世田谷代田は住宅街が広がっていて、わりとご高齢のご夫妻がお住まいになっています。ところが独立された娘さん、息子さん家族が帰省されて家に泊まってもらうとなると空き部屋がない。だから「近くに良い宿があれば嬉しいんだけど」という声が複数ありました。当時は東京五輪があり、インバウンドも盛り上がっていましたが、さらに地元からのローカル需要も取り込むことができれば、世田谷代田という場所でも宿泊施設が成り立つと判断しました。

結果、コロナ禍でインバウンドが厳しい時期でも、由縁別邸 代田は箱根にある小田急グループのホテルから運ばれる名湯につかれるとあって、世田谷にいながら箱根の気分を味わえると地元から利用され、そのうちにインバウンドの宿泊客が戻り、由縁別邸 代田もMUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAも共に予想を上回る稼働率で、現時点においては事業性と地域支援を両立できているのではないかと思います。

—―下北線路街にはほかにもBONUS TRACKやNANSEI PLUS、reloadなどの特徴ある施設があります。どのような役割と力を発揮していますか。

個人が新たなチャレンジができる場となり、広場に人が集まる憩いの空間としても機能しているのがBONUS TRACKで、ここには顔が見える個人店主が集まる商店街が形成され、敷地内にある広場では毎週末、食のマルシェや本のマーケット、介護・福祉などをテーマにしたものなど多種多様なイベントが展開されています。

—―BONUS TRACKは1階が店舗、2階が住居になっているそうですが。

BONUS TRACKが個人の商いや若者のチャレンジを応援する長屋となるために当時考えたのは、下北沢の商店街の家賃が高騰していて個人店主が出づらい環境にありました。我々の事業性からすると家賃相場を大幅に引き下げるのは難しいことを踏まえ、出店のハードルを下げるためにひねり出したのが、面積を小さくしつつ坪単価は相場からあまり変えずに、店舗と住居をセットにしてお貸しするという形です。5坪の店舗面積であればワンオペレーションで回せて、家賃総額も低いため出店のハードルを下げられます。一部の区画を公募したところ、40程度の応募がくるなど反響があり、今でも出店待ちが続いている状況です。この形が支持されたことにより、1階で商いをして2階に居住するという昔ながらの商店街の現代版ができ、究極の職住近接の暮らしが実現しました。

—―下北沢駅南西口前にあるNANSEI PLUSには多彩な機能が搭載されていますね。

“これからの暮らしを考える駅前の新しいカタチ”とうたっているように、NANSEI PLUSはどこへ行っても生活利便性重視かつナショナルチェーンテナントが集中している既存の駅前と一線を画し、ローカルな駅前を表現したいと思い、メインとなる5階建ての複合施設tefu loungeはラウンジスペースを中心にシェアオフィス、ミニシアター、個人店のコーヒーショップやオーガーニックスーパーで構成し、ほかにも食をテーマにした路面店やアートギャラリー、地域団体シモキタ園藝部の活動拠点となる施設や駅前とは思えない緑豊かな広場もあります。このようにこれからの暮らしと駅前のあり方を考えるきっかけになるエリアにしたいとの思いから開発しました。

「個店街」をコンセプトにしているreloadもBONUS TRACK同様、下北らしい個人店舗を集め、従来のビル型商業施設とは異なり、街中の路地を散策しているような楽しさが感じられる開放的な空間としただけでなく、あえて下北らしくないデザインも取り入れました。というのは、reloadのある東北沢エリアは代々木上原など渋谷区が近く、周囲に高級住宅街が広がっているエリアにあって、今までは生活圏が違うのか、下北に足を運ぶ人が少なかったのです。

そのためreloadなど東北沢エリアの開発によって、代々木上原や駒場、池ノ上辺りを生活圏にする方々を呼び込むきっかけにしたいとの思いから、感度の高い個店を集積した上、隣りに設けたエンタメカフェ「ADRIFT」やMUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAも含めて、施設外観は白を基調にしたデザインで統一しました。結果、今まで下北に見られなかった若者を含め渋谷区側から足を運ぶ人が増え、MUSTARD HOTEL SHIMOKITAZAWAのカフェのウッドデッキには代々木公園辺りから来られるペット連れの人が目立っています。そういう意味でreloadを含む東北側エリアの開発は下北の裾野を広げる役割を果たせたのではないでしょうか。

—―下北線路街 空き地はどのような動きをしていますか。

支援型開発という下北線路街のスタンスをいち早く体現しようと19年に「下北線路街 空き地」をオープンしました。ここはデベロッパー側が全て提供して皆が享受するのではなく、空き地に出店して飲食を提供したり、イベントを仕掛けたり、コミュニティをつくったりと地域の人達も提供する側に回るなど、“みんなでつくる”をコンセプトにしています。今だと地元の方が企画・運営されているラジオ体操が毎日開かれ、若者からお年寄りまで30人近くが参加されています。実はここの空き地はコロナ禍に力を発揮したんです。ここは屋外空間なので密を回避できる場となり、キッチンカーからランチをテイクアウトされる人も多くみられ、キッチンカーの聖地となったんです。コロナでオフィス街のランチ需要が落ち、ここに出たいとキッチンカーの出店が集中して一時期は出店待ちもありました。

高校生・大学生・社会人が共に暮らし学んでいる「SHIMOKITA COLLEGE」

―—下北線路街にある施設それぞれが役割を担って力を発揮されているようですね。

例えば学生寮とみられがちな「SHIMOKITA COLLEGE」があります。正確には居住型教育寮と呼んでおり、高校生も大学生も社会人も共に暮らし学んでいます。教育、育むという視点から教育のベンチャー企業と協業して運営していますが、学びの場としてだけでなく地域とも積極的に交流され、まさに下北で何か面白いことをしてみたいというプレイヤーが集まっているのがSHIMOKITA COLLEGEです。同じ教育という分野では保育園もそうです。

地域とつながる活動に積極的な認可保育園「世田谷代田 仁慈保幼園」

—―BONUS TRACKの隣にある「世田谷代田 仁慈保幼園」ですね。

この保育園も地域にこだわっていて、「地域と新しいつながりを生み出し、人と文化の出会う保育園」をコンセプトにしているように、地域の事業者と連携したワークショップや展示会を開いたり、併設したギャラリーで子供達の作品を発表したり、すぐ隣りのBONUS TRACKと一緒になってイベントを実施したりと、地域とつながる活動に積極的です。

皆でつくる自由な遊び場「下北線路街空き地」

―—さて、これから下北線路街はどのような施策をもって成長路線をとっていこうとしていますか。

これまでに下北線路街は、支援型開発によって東北沢駅~世田谷代田駅までの鉄道跡地に下北沢の街で地域のプレイヤーが活動できる場所や仕組みをサポートする施設をつくり、全長1.7kmがつながりました。すでに取り組みを始めていますが、これからは点から線へ、さらには面へと広げる取り組みに注力していきます。小田急電鉄の中期経営計画でも「“沿線”発想から“地域経済圏”発想へ」と、ビジネスの主戦場をシフトすることを打ち出し、線ではなくエリア、地域圏の中でしっかり事業を推進して新たな価値を生み出していくことを表明しています。

我々下北線路街としてもハードだけでなくソフト面にも力を入れ、地域のプレイヤーが活躍できる舞台となって街との関わりを深め、同時に新たなビジネスチャンスを捉えながら事業領域を広げ、事業性を高めていくことを目指します。その1つが街を巻き込んで一体となって下北に賑わいを起こすような取り組みです。今秋の開催で3回目となるアートフェスティバル「ムーンアートナイト下北沢」は、地元の商店街と我々が連携して主催しているイベントであり、同じく今年6月の開催で3回目となる「下北線路祭」も地元商店街との共催による地域のお祭りです。このように街全体に賑わいや交流が広がるような取り組みを継続していきたい。

そのためにも下北沢で何かを仕掛けたい、たくらむといったプレイヤーの出会いを、つながるを、チャレンジを支援する我々としては、元々若者が多い街だからこそ、現在プレイヤーの中心となっている30~40代に加え、20代の若者にも働きかけ、街の中にプレイヤーをさらに広げていく所存です。

(聞き手:塚井明彦)