2022年07月04日

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京王百貨店、自主編集ショップでの若手育成に手応え

京王百貨店が新宿店の1階、正面入口近くに構える「Flat」

京王百貨店には“虎の穴”がある。文字通り20代の若手社員を鍛えて成長させる場で、新宿店の1階で自主編集する期間限定のショップ「Flat(フラット)」を指す。昨年の10月21日から12月30日は婦人服や婦人洋品、婦人靴などの売場の若手が、今年1月21日~3月31日には寝具やタオル、食器などの売場の若手が、それぞれ取引先との交渉から商品の仕入れ、売場への陳列、接客までを担当。「所属する売場で扱えない商品に挑戦できる一方、不安も抱えるが、1カ月も経つと慣れて成長を証明した」(星野隆也婦人・紳士服飾部自主売場第2担当統括マネージャー)、「日々の売上げに対する意識が上がり、接客が苦手だった社員も積極的にお客様に声をかけるようになった。成長を実感する」(桧山知也家庭・文化・子供用品部自主売場担当統括マネージャー)と、上長は目を細める。やはり、若手は“実戦”でこそ伸びる。

自らコンセプトを決め、取引先と交渉し、商品を買い取り、売場に並べて販売する――。百貨店人の目利き、いや才覚を支えてきた自主編集売場が、近年は姿を消しつつある。社員の育成に役立つ反面、人件費の重たさも含めて利益を確保しづらく、異業種の大型商業施設やインターネット通販などの台頭で売上げが減少を続け、営業の効率を求められる中で、維持していくのは難しいからだ。

しかし、「自主」から「場所貸し」への転換が加速すれば、いずれ何度目かの同質化に陥る。そこで再び自主に舵を切ろうとしても、人材はいない。未来の行き詰まりを危惧し、若手のために新たな自主編集ショップを立ち上げたのが、京王百貨店だ。

京王新宿店の1階、正面入口の左手には「イベントスペース」がある。通行客が多い、店内では超が付く一等地だ。そこに昨年10月21日、「Flat」と書かれた看板が掲げられた。期間限定の自主編集ショップで、若手社員の育成に役立てる。

昨年12月30日までの“1期生”のショップ(詳細は弊誌「ストアーズレポート」の2022年1月号、「STORES JOURNAL」に掲載)を経て、今年1月21日には“2期生”のそれが登場。「毎日をステキに。」をテーマに、タオルやフレグランス、キャンドル、ポット、食器などを揃えた。ブランドの数は約50で、うち20が新規だ。

新宿店の6階、家庭用品売場から抜擢された2期生の大半は20代で、1期生と同様にバイヤーやアシスタントバイヤー、販売員で構成する。その“教官”を務める桧山氏は「枠組みだけは伝え、あとは自由に若い感性を求めた。前提として、中高年に特化してきた当社は今後の環境変化を見据えて30~40代を狙いたい。そのためには、盛り上がる『イエナカ消費』に着目するとともに、アイテム編集型である既存の家庭用品売場とは異なる、起床から就寝までを時間軸で編集するライフスタイル提案型でコーナーを構築してほしいと伝えた」と“指導”の内容を明かす。

2期生は枠組みを踏まえ、扱いたい商品を思案。桧山氏は「知らない取引先や商品が沢山出てきた」と振り返る。新規の取引先はメールや電話でアポイントを取り、オフィスに足を運び、コンセプトや想いを伝えて、商品の供給を依頼した。

例えば「テネリータ」は直営店が中心で、当初は「(売場の)全体を使わせてもらえるなら」という姿勢だったが、熱意で口説き落とした。テネリータにメールでアプローチした佐藤恭子家庭・文化・子供用品部自主売場担当バイヤー(タオル・エプロン・寝具)は「途中で『ダメか…』と思ったが、急転直下で決まった。最後は熱意」と、交渉における熱意の重要性を強調する。

直営店以外での展開は珍しい「テネリータ」

京王新宿店にとって“新顔”のブランドは、総じて好調だ。筆頭は「366(サンロクロク)」のバースデーフレグランスで、2月28日時点で146本が売れた。誕生日ごとに366種類の香りがあり、「部下にプレゼントする」と13本をまとめて買って帰った客もいる。「ルディ ラ・マヨルカ」のハンドクリームも、すぐに完売。バリエーションを増やして追加した。

売れ筋の筆頭は「366」のバースデーフレグランス。手書きのPOPも目を惹く

すぐに売り切れ、バリエーションを増やして再投入した「ルディ ラ・マヨルカ」

いずれも新規の「ヤンキーキャンドル」や「ロンドンポタリー」、「デンビー」、「バーレイ」、「ダルメイン」も盛況だ。ヤンキーキャンドルは東急ハンズなど量販店がメインで、百貨店では珍しいが、フラットでは30~40代だけでなく50代や60代の客にも支持され、キャンドルをはじめ一式(約1万5000円)を買って帰った50代もいる。

ロンドンポタリーはポットとティーコジー(ポットカバー)が人気で、とりわけティーコジーがヒット。当初、ポットとティーコジーの売上げは同程度だったが、今ではティーコジーがポットの2倍だ。ティーコジーを知らない客は多く、見た目の愛らしさも相まって、売れ行きに弾みが付いた。

デンビー、バーレイ、ダルメインは、タスマンインターナショナルが輸入・販売する。百貨店業界では主に「英国展」でファンが多いブランドだが、京王百貨店には英国展がない。交渉では「輸入品は在庫が多くなく、出るのは難しい」と言われたが、最終的には合意。中でもダルメインのマーマレードは早々に売り切れ、種類を3から5に増やした上で追加発注した。

知る人ぞ知る「ダルメイン」のマーマレード

フラットでは新規のブランドに限らず、6階の家庭用品売場からセレクトした商品も集積する。中でも食器は半分が既存の商品だが、その動きも良い。「埋もれていたモノが日の目を見た」(桧山氏)。若手社員は「店内には方法次第で売れる商品が多く眠っている」と学んだに違いない。

ただ、いわゆる「まん防」下での営業を強いられ、フラットとしての売上げは目標に届いていない。しかし、収穫は多い。新客の獲得と若手社員の成長だ。

新客の獲得は、フリー客の多さが物語る。その比率は、6階より15%ほど高い。新客を“単発”で終わらせぬよう、会話では必ず家庭用品売場を紹介。買い回りと固定化に繋げる。

何よりの成果は、若手社員の成長だ。桧山氏は「自分達で発注して陳列すると、商品に愛着を持つ。日々の売上げに対する意識も上がり、今では午後3時と午後5時にそれを報告しつつ、『客単価をどう上げるか。ティーカップを買いたいお客様には、食器も提案してみよう』などと助言している。意欲的に実践しており、日商のアベレージは上がってきた。成長を実感する」と喜ぶ。

渡邊紘子家庭・文化・子供用品部自主売場担当アシスタントバイヤー(食器・調理用品)も「社員だけで運営すると、自由が利くし、コミュニケーションも活発化する。『動きが鈍い商品は前に出そう』など、ブランドやメーカーのしがらみに左右されずに動ける。手書きのPOPも日を追うごとに増えてきた。会社にフラットのロゴが入った無地の紙を沢山つくってもらい、最初は名称と金額だけ記載したが、『それでは売れない』と次第に絵を添えるようになった。売れないなら行動する。それが培われてきた。行動すると売上げは必ず伸び、モチベーションも上がる」と、フラットの“育成力”に手応えを掴む。

もちろん、“良いこと尽くめ”ではない。「1階の客層は若いから、若いマーチャンダイジングを採用すれば数字が取れると予測したが、思ったほどではない。価格などにギャップがまだある」(桧山氏)、「(フラットに)入ってくれ、商品を見てくれるが、顧客化に結び付けられるかは次のステップ。現状は贈答需要が多いが、固定化しやすいのは自家需要」(渡邊さん)、「家庭用品のフロアにはフラットのようにコンセプトを表現する十分な場所がない」(佐藤さん)など、いくつかの課題を抱える。

客からは「京王にこんな売場があるのね」、「ずっとやってほしい」、「これまでは買いたいモノがなかったけど、凄くいい」と称賛が相次ぐ。フラットは3月31日で閉じ、現時点で以降の予定はない。1階や6階の若手社員が、なぜ目に見えて成長したのか。フロアの一角、いや売場の一角でも若手社員に任せられるスペースを確保し、“虎の穴”を継承させるべきだろう。

(野間智朗)