2022年07月07日

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大丸松坂屋百貨店が加速するDX戦略の要諦 大西則好デジタル事業開発担当部長に聞く

大丸松坂屋百貨店のDX戦略で重責を担う、大西則好本社経営戦略本部DX推進部デジタル事業開発担当部長

百貨店業界でデジタルトランスフォーメーション(DX)を先導するのが、大丸松坂屋百貨店だ。コロナ禍で前進を遅らせるのではなく、むしろ加速。昨年3月に女性向けファッションのサブスクリプション「AnotherADdress(アナザーアドレス)」を立ち上げると、同10月には大丸東京店にD2C型のブランドを集めたショールーミングストア「明日見世(asumise)」を、今年1月にはアートのオウンドメディア「ARToVILLA(アートヴィラ)」を、それぞれ開設。“デジタル”を用いた新規事業を矢継ぎ早に始めた。その中枢が、DX推進部だ。同部は「デジタル事業開発担当」を擁し、文字通り新たなデジタル事業を開発していく。もっとも、新たなデジタル事業の開発は手段であって目的ではない。「未来の百貨店の勝ち筋を構築する」のが目的と強調する大西則好DX推進部デジタル事業開発担当部長に、各事業の成果と課題、百貨店業界が目指すべきDXなどを尋ねた。

――百貨店業界におけるDXの重要性を、どう捉えていますか。

「コロナ禍によって、マーケットやデジタルへの対応の遅れを痛感しました。当社の場合、緊急事態宣言下で店舗が休業を余儀なくされると、インターネット通販サイトも稼働しません。店舗から配送する商品が、その多くを占めるからです。改めて、お客様とのタッチポイントのオンライン化が重要と感じました」

「ただ、単なるネット通販の強化、POSやカードのデータの活用だけなどではありません。お客様の“オンラインジャーニー”を分析し、潜在需要を捉えるのがタッチポイントのオンライン化です」

「一方で、アマゾンや楽天市場といった大手のプラットフォーマーと戦っても勝てません。お客様の心を動かす価値を追求するべきです。例えばモノの背景やストーリーの伝達で、その手段としてデジタルがあります。デジタルでは、マンパワーをどれだけ生かせるかがカギです。デジタルを駆使すれば、大丸松坂屋百貨店のある店舗の名物社員が、全国の人とコミュニケートできます。オウンドメディアを通じて、専門的な知識や技術を広く伝えられます。アートヴィラも、それに近いビジネスモデルです」

――時間や場所の制約を取り払えるのが、デジタルのメリットですね。

「当社も中期3カ年計画の『5つの指針』で『時間と場所の制約克服』を掲げています。そして、時間と場所の制約を克服できる事業をゼロから生み出すために、昨年3月1日付でDX推進部が設けられました。今は『やってみてから改善する』という姿勢で、運用中の新規事業のPoC(概念実証、実証実験)に軸足を置いています」

――組織について、発足の経緯や役割分担、人数などをもう少し詳しく教えて下さい。

「発端は2020年9月に社長直轄の部署として新設された、デジタル事業開発部です。昨年3月には本社組織が経営戦略本部、営業本部、業務本部の3本部体制に再編され、経営戦略本部内にDX推進部が誕生しました。DX推進部はデジタル事業開発担当、デジタル事業推進担当、システム企画担当からなり、新規事業の開発を通じて“未来の百貨店の勝ち筋”を構築するのがデジタル事業開発担当です」

「より具体的には、前提として百貨店の強みを生かしながら、成長分野やスケーラビリティなどを踏まえ、新規事業を創出していきます。あくまでもデジタルは手段です。100人余りのDX推進部のうちデジタル事業開発担当は26人、年齢は20~50代で、20~30代が6割を占めます。往々にしてDXは若手を中心に推進しますが、コンプライアンスやオペレーションの担当として40~50代のベテランは大切です。若手だけでは、明日見世やアートヴィラを立ち上げるのは難しかったのではないかと考えています。スタンドアローンなら別ですが、既存のお客様やマーチャンダイジングと結び付けて運営する以上、既存の仕組みとの連携が必要だからです。そこは40代や50代の活躍の場でした」

「正直に言えば、スキルセットはまだまだ揃っていませんし、体制も整備が必要です。複数のプロジェクトを並行して動かす中で、それぞれの連携もこれからになります」

――日本では、経営陣がDXの意味や目的などを理解せず、むしろ障壁となる企業もあると耳にします。御社はいかがですか。

「幸い、経営陣とのディスカッションの場は多いですし、澤田太郎社長とも良い意味でフランクに話せます。社長からの指摘や助言を基に、事業を上手く“チューニング”できてもいます」

――デジタル事業開発担当部長として、各事業の現状と成果、課題を教えて下さい。

「デジタル事業開発担当は現在、主に明日見世、アートヴィラ、外商顧客向けコンテンツにおける新規MDの価値創造、インフルエンサーを育成する『大丸松坂屋の野崎さん』の4つを手掛けています。明日見世は『リアル店舗の価値の再発見』とミレニアル世代およびZ世代の取り込みを目指し、強みである立地、信用、ヒトを生かすため、百貨店で取り扱いがない個性的なD2C型のブランドを集める一方、リアルで接点がない各ブランドにそれを提供するビジネスモデルです」

ショールーミングスペース「明日見世」は若年層の取り込みに威力を発揮している一方、マネタイズが鍵という

「“予定不調和なブランドとの出逢い”と接客を融合させ、モノのストーリーをお客様に伝え、お客様の声を各ブランドにフィードバックする『アンバサダー』を配しました。言わば『人を生かしたショールーミングスペース』です。新たな収益モデルも採用し、各ブランドからは出品料を頂いています。金額は非公開ですが、『出たい』と思ってもらえる範囲です。将来の芽があるブランドを、どれだけ探せるかが事業の成否を分けるため、決して高額ではないですよ」

「最大の成果はミレニアル世代やZ世代の取り込みで、お客様の約4割が20代です。商品を売る場所としてリアルとネットのどちらが相応しいか、その判定にも役立ちます。例えばフレグランスは、香りを試せるリアル店舗と相性が良いと再認識しました。各ブランドからも好評で、アンバサダーのフィードバックから新たな商品の開発を始めたブランドもあります。課題はマネタイズですが、1年間のPoCの真っただ中であり、結論は急ぎません」

――現状を100点満点で表すと、どれくらいですか。

「60点くらいです。今後は3カ月単位でモノを入れ替えるだけでなく、デジタル(ウェブサイト)を磨き上げ、お客様同士やブランド同士のコミュニティを形成したいと考え、新たなコンテンツを検討中です」

――今年1月には、アートのオウンドメディアであるアートヴィラをオープンしました。

「アートをもっと色々な人が楽しめるように、初心者と潜在層をメインターゲットに定めました。リアル店舗で行うイベントの紹介、アートの購入の申し込み、アートへのハードルを下げるコンテンツがメインです。アートへのハードルを下げるコンテンツとしては、経営者の遠山正道氏、建築家の永山祐子さん、アイドルの和田彩花さん、クリエイティブディレクターの植原亮輔氏、アートテラーのとに~氏ら「#DOORS(ドアーズ)」と呼ぶパートナーのコラムを掲載しています」

今年1月に立ち上げたアートのオウンドメディア「アートヴィラ」のイメージ

「リアル店舗でのイベントは、第1弾として『武田双雲展 ―飛翔―』を1月13~26日、GINZA SIXの5階『アールグロリュー ギャラリー オブ トーキョー』で実施しました。VRゴーグルを身に付け、武田氏の書の世界観を体験できるブースも設けましたが、親子で楽しんで頂くなど、新たにアートの世界に関心を持って頂くきっかけをつくれました」

武田双雲氏の書の世界観をVRで体験できるようにする新しい試みは、好評を博した。

「アートヴィラの1月のページビューやユニークユーザーは目標の倍以上で、アートの購入の申し込みも目標を大きく超えました。実はアートヴィラの実証実験として過去に2回、アールグロリューで現代アートを販売しましたが、好結果を収めています。当社にとって新しいお客様が約7割、かつ30~40代が6~7割にのぼり、百貨店業界における次世代顧客の獲得にも手応えがありました。アートヴィラの重要性を物語っており、ルーチンワーク化させず、発展させていきます」

「インフルエンサーの育成は、難しさを感じています。リソースやサポートを付けても、ゼロからファンを増やすのは時間がかかりますし、社員のスキルも要ります。アプローチの方法を検証しつつ、まずは『野崎さん』をしっかり育成します。ただし、目的を見誤ってはいけません。目的はインフルエンサーの育成ではなく、インフルエンサーを介して、いかに収益に結び付けるか、です」

――コロナ禍で“守り”に入るのではなく、攻めの姿勢でDXを推し進めてきました。22年度以降の戦略を明かせる範囲で教えて下さい。

「今のプロジェクトを発展させていきます。そのために『これをやるべき』は、いくつか考えています。もちろん、新規事業も研究中です。時期を見計らい、新たなPoCとして実行に移します。社員の教育を含め、創造や推進にドライブをかけられるような体制も整えていきます」

(聞き手・野間智朗)