2024年04月24日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 富裕層が危機感を強める贈与・相続税の一体化

Photo by John Moeses Bauan on Unsplash

前回、富裕層に対する課税強化の動きをお伝えした。しかし、富裕層が最も気にする「相続」をめぐっても、課税強化の風は吹き荒れる。

 

贈与をうまく使って節税していた富裕層

現在の日本では、親世代から子や孫の世代に財産を渡す際にかかる税金は二種類ある。親世代が死んだ際に財産を相続することで発生する「相続税」と、生きている間に資産を贈与することで発生する「贈与税」だ。贈与税の課税方式には「相続時精算課税制度」と「暦年課税制度」があるが、富裕層は暦年課税制度が上手に用いて節税を行ってきた。

暦年課税における贈与は、贈与する相手1人につき、年間110万円までは非課税で行うことができる。そのため、毎年110万円ずつコツコツ贈与していき、相続税の対象となる財産を減らすというのが“常套手段”だったのだ。

生命保険にも、こうした贈与の手法を用いて相続税を抑えるという商品がある。親を被保険の対象とした保険を子どもの名義で契約すれば、受け取る保険金は相続ではなく所得として扱われるため税率も低くなる。また、保険料も子どもが支払うため、その資金を親が贈与することで、より大きな金額を子どもに渡すことができるというわけだ。

死亡時に一度に行われてしまう相続とは異なり、タイミングを選べるのも贈与の利点だった。例えば、株価が下がった時を狙って株を贈与すれば、相続税より贈与税の方が相対的におトクに財産を渡すことができるのだ。

 

節税策にメス

しかし、こうした節税策にメスが入ろうとしている。

21年12月10日に発表された22年度の税制改正大綱には「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点から、資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める」と記されている。要するに、贈与税を相続税と一体化さることで、贈与税を使った節税策を封じていくというわけだ。実は、相続税・贈与税一体化の方向性は21年度の税制大綱でも示されていた。幸いなことに22年の導入は見送られたものの、方向性は変わっていない。むしろ、「現行の相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直す」と踏み込んだ表現も見られ、実現の可能性はますます高まっている。

こうした流れを受けて、富裕層たちは大慌てだ。税理士のもとには「いつまでに贈与をすれば間に合うのか」「今から駆け込みで生前贈与するにはどうしたらいいのか」という相談が相次いでいるという。

では、相続税と贈与税の一体化は、どのような形で進められることになるのだろうか。政府は、最終的に贈与税を完全になくし、相続税のみにしたいとの意向だ。この場合、富裕層には大打撃だ。生前に渡した財産は全て相続財産とみなされ、贈与による説税ができなくなってしまうからだ。

だが、実際にこれが実現するハードルは高い。富裕層に強いある税理士は、「国税や金融機関の資料の保存期間は約10年。それ以前までチェックするのは現状では難しい」という。贈与税を相続税に完全に一本化するには、長い期間をかけてデータを蓄積しなければならないというハードルがあるというわけだ。

そこで最も現実的なのは、「相続税の対象となる期間を伸ばすこと」(前述の税理士)。現状は、死亡する3年前までに生前贈与した財産が相続税の課税対象となっているが、この期間を5年、10年と少しずつ伸ばしていくわけだ。贈与税と相続税が統合されている欧米諸国を見てみると、米国では生涯の贈与全てが相続と一体的に課税されている。ドイツでは死亡前10年、フランスでは死亡前15年の贈与が相続と一体的に課税されている。税制改正大綱でも「諸外国の制度も参考にしつつ」とされていることから、まずは10〜15年間を目指すのが現実的だといえそうだ。

となると生前贈与はしばらくの間残ることになるが、これまでよりも早い段階で手をつけ、相続財産を減らさなければならないことには違いない。相続税よりも得になるのであれば、多少の贈与税を払ってでも生前贈与をしてしまうことも検討すべきだろう。

 

優遇制度も見直しへ

贈与税と相続税の一体化に伴って、現状の優遇措置もなくなる可能性がある。現在、生前贈与には110万円の他に三つの非課税枠がある。「結婚・子育て資金」「住宅取得資金」そして「教育資金」だ。それぞれの制度には期限が設けられており、23年末には全てが終了することになる。もちろん延長される可能性もあるが、そうなっても今より金額が縮小されてしまう可能性が高い。

際たる例が、住宅取得資金の贈与だ。もともと21年12月で終了する予定だったが、今回の税制改正で23年12月まで延長されることになった。ところが金額は大きく縮小。これまで最大1500万円だった非課税枠が、最大1000万円になってしまったのだ。税制大綱では、これらの制度を「何ら税負担を求めない制度となっている」と批判。「不断の見直しを行っていく必要がある」とされている。

このように、相続や贈与に関しても、富裕層に対する包囲網は確実に広がってきている。「まだ死ぬのは先だから」「まだ子供が若いから」と言って先送りにするのではなく、今すぐに検討を始めるのが得策だといえる。

 

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