百貨店協会好本会長も参加、訪日観光を考えるカンファレンス開催
「成長産業としての訪日観光カンファレンス」の様子。左から、ジャパンショッピングツーリズム協会代表理事の新津研一氏、日本百貨店協会会長の好本達也氏、日本観光振興協会理事長の最明仁氏、早稲田大学大学院経営管理研究科研究科長・教授の池上重輔氏
ジャパンショッピングツーリズム協会は1日、観光業について考える「成長産業としての訪日観光カンファレンス」を開催した。登壇者に早稲田大学大学院経営管理研究科研究科長・教授の池上重輔氏ら、パネリストに日本百貨店協会会長の好本達也氏らを迎え、多角的な議論を展開した。海外旅行者などに対する消費税免税制度の改正、オーバーツーリズムなどの課題を抱える訪日観光産業について、専門家や各界の知見が紹介され、観光業や小売業の最近の動向なども説明された。
訪日外国人旅行者が1000万人を突破したのは、2003年に観光立国構想を発表した小泉政権から10年後の2013年だ。観光を成長産業として位置付けてきた日本の戦略は、8兆円を超す経済規模にまで成長し、GDP(国内総生産)を押し上げている。消費税免税制度の見直しや日中の情勢不安の動きを懸念する声がある中、訪日観光を取り巻く課題や取り組みについて、カンファレンスは①客観的、理論的なデータに基づく議論②民間の経営視点から捉える訪日観光③観光立国としての今後の在り方――を軸に展開した。
①客観的、理論的なデータに基づく議論
まずは池上氏がインバウンドのビジネス戦略についての講演を行った。ビジネスにおける戦略の基本は、市場の大きさと強みの生かし方を考慮すること、と冒頭で述べた。世界で100兆円を超える規模の市場において、日本が3位以上を占める分野は客観的なランキングとしてはほぼ皆無という。基幹産業である自動車の市場は世界で約500兆円規模といい、日本の輸出額は3位。他にはというと、観光市場は世界で約1000兆円の規模があり、日本のインバウンドは約300兆円だという。国際観光の伸び率は年約5%と言われ、世界全体で1500兆円、日本では500兆円規模に成長すると予測されている。
さらに日本の成長分野として池上氏は、エンターテインメントコンテンツマネジメントを挙げる。世界で約400兆円市場に成長しており、「観光とエンターテインメントコンテンツマネジメントは極めて親和性が高い」という。
そして国連世界観光機関の集計では、24年の日本のインバウンド人数は世界9位で、22位だった10年前の2.8倍に増加している。その要因は円安と思われがちだが、池上氏によると、17項目で評価している世界経済フォーラム(WEF)のレポートでは、価格競争力は評価の1つの項目に過ぎず、日本の高評価は円安以外の総合力だと公表している。国連世界観光機関の集計ではドルベースの消費額は2.9倍だが、コロナ禍前よりダウンしており、池上氏は「円安のうちに価値に合わせた価格調整を考え、マネタイズできるかが今後の課題だ」と語った。
また、2024年のWEFトラベル&ツーリズムディベロップメント指標では、日本は世界3位だったと紹介した。観光資源の多様化により、エコ、グリーン、フード、ヘルス、ヘリテージなど新たなテーマのツーリズムにも注目が集まっているという。映画や音楽、アニメ、ゲームなどのコンテンツに縁のある地域をめぐるコンテンツツーリズムは日本発であり、海外でも採用されるようになっていることから、今後はアドベンチャー、メディカル、サスティナブル、スポーツなどのニューツーリズムにも期待できるだろうとのことだ。
池上氏は「日本の文化資産は世界でもトップクラスの競争力」とも説明した。観光は日本に潜在する巨大産業であり、地域毎の産業特性構造を考慮し、その産業の10年後、未来思考で準備をしていく必要がある。「地政学的な懸念もあるが、観光収入の多様化、ポートフォリオマネジメントも必要になる」と締めくくった。
続いて、EYストラテジー・アンド・コンサルティングのデータサイエンティスト・藤井洋樹氏が、日本の免税制度廃止という仮想シナリオが日本のGDPや税収に与える影響の分析をレポートした。消費、訪日外国人数への影響についても客観的・理論的な推計が説明された。
②民間の経営視点から捉える訪日観光
その後は「成長産業としての訪日観光に必要な視点と課題」というテーマで、パネルディスカッションを行った。登壇者は池上氏、好本氏、日本観光振興協会の最明仁理事長の3名で、ファシリテーターは一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会代表理事の新津研一氏が務めた。
最明氏は、訪日外国人旅行者が1000万人を初めて突破した2013年を境に、波及効果が大きく現れ、生産者から喜びの声が寄せられていると、食品業界の協会会員の話を紹介した。当時と比べ、現在ブームの抹茶は4.7倍、味噌は2倍、日本酒は4倍、米は10倍の輸出量だという。海外では日本食がブームになり、日本食レストランが急激に増えたとも言われており、日本での食事や体験の印象が強く、訪日後もその需要が高まっていることが要因では、と話す。
伝統工芸品や自場産業商品も好調という。10月に新潟県の燕・三条地域で行われたファクトリーイベントには、カトラリーや鍋、包丁、爪切りといった職人の技が活かされた高品質な製品を求める客が国内外から訪れたと紹介した。60万人が来場し、インバウンド客も非常に多かったが、それは免税制度の恩恵との現場の声がある。最明氏は免税制度が地方の消費活動を後押ししていると捉え、健全な免税制度を運用した地方の産業の発展に期待を寄せる。
好本氏は、2013年の大丸松坂屋の社長時代を振り返り、当時はインバウンドを担当する部署もなく、ここまで伸びるとは想像していなかったと語った。コロナ前の2019年度までは、化粧品やブランド品などの売上げが伸び、それに対応するのが精一杯だったという。19年の百貨店業界の免税売上げは3400億あり、コロナ渦でほぼゼロとなり、23年に回復した。24年度は6400億円となり、19年の2倍になったと数字を挙げて説明した。
コロナ禍に百貨店業界が取り組んだこととして、①カードやアプリを取り入れ、固定客づくりを進め、それをインバウンド向けにも始めた②コンテンツの充実を図り、伝統文化の茶道や華道、歌舞伎、地域産業で言えば、和菓子や日本酒、工芸品といった、もともと日本の百貨店の得意分野だったコンテンツをインバウンド向けに捉え直したことを紹介した。渋谷パルコを例に、コロナ前はゼロだったが、任天堂とポケモンのコンテンツの売上の30%以上がインバウンドであり、日本のキャラクターコンテンツは素晴らしいと語った。
インバウンドの売上高については、先行していた東京と大阪に続き、今は地方都市にも広がったと感じているという。24年度の免税売上げについては、東京が74%増、大阪86%増に対し、北海道123%増、福岡 109%増。熊本県や石川県がそれに続き、2倍以上の伸びとのことだ。今後の伸びしろは地方にあり、地方の中核都市から地方都市に移っていっているところだと予測する。地方都市の取り組みの例えに岩手県の百貨店を挙げた。「ヘラルボニー」という国内外の障害を持った作家とともに、新たな文化の創造を目指すブランドがあり、岩手県発のアートライフスタイルブランドとして対外活動を行っていることに注目している。
最明氏と好本氏の話を受け池上氏は提案した。ポテンシャルの高い材料をどう継続し、どう価値をマネタイズするか。ターゲットを絞り、流れ、ストーリーをどう作るか。ショッピングやファクトリーイベントといった体験の価値を高めるか。1つの組織だけでなく、エリア毎に各業界と連携していけるかが鍵、と言及した。
③観光立国としての今後の在り方
現状の課題や今後の展望についても話し合った。世界遺産の「白川郷・五箇山の合掌造り集落」のサミットに参加した最明氏は、現地のオーバーツーリズムに対する悩みを聞き、会場に共有した。生活道路にインバウンド客が運転する車が入り込んでくる、民家に入ってくる、定員オーバー、などの問題があるという。観光地では、各自治体によるインフラ整備を進める上で、観光振興、財源の在り方も熱心に議論されており、白川村は駐車場代を2倍にし、トラブルもなく大きな財源が確保できたと紹介した。
日本ではほとんど無料のサービス、例えばトイレといったもてなしの接遇についても、色々なコンテンツ体験を通じてお金を徴収し、ガイドを育成してより地域のことを深く知ってもらいながら有料化に結びつけていくことが求められると、最明氏は力説する。
白川郷の家に住んでいる方の話では、紙漉きや養蚕をしていたなど自身の生活や体験を話すことで、より文化の奥深さを知ってもらえ、それに関連する商品の購買に結びつけていけるのではないか、と考えているとのこと。観光面で利益を生み出すきっかけを探しているそうだ。
好本氏はインバウンド旅行者の消費に対し必要なことは、平和、友好、協調が絶対条件であり、それをもとに日本の観光業における消費が長く続くことを示していきたい考えだ。顧客も変化していていると言い、19年のコロナ前の百貨店の免税売上高は84%が中国の方。24年度は52%。台湾の方は2.4%から13.1%、韓国の方は1.4%から7.0%、欧米諸国の方々も2.4%から6.7%に増えていると、多様化が進んでいる様子を紹介した。
また、地方の取り組みとして、岡山の百貨店の天満屋に触れた。県には様々な生産品があるが、インバウンド旅行者はまだ少ない。しかし、天満屋の職員が中心になり、地元と連携している。電動アシスト三輪車を運転しながらの観光サービスや遊覧船を出したりしている。そんな取り組みを聞き、地方の百貨店の力強さを感じるという。
さらに出身会社を例として、アジアの百貨店との連携も紹介した。互いに顧客を相互送客する取り組みを行っているが、海外の百貨店の顧客は日本にとても興味を示す一方、日本の今の顧客は海外になかなか興味を示さないとのこと。今後は、日本人が海外の風土や文化を理解していくこと、理解し合う中でインバウンドとアウトバウンドの好循環を見出していくこと、それらが長く続くループを形成するポイントだと強調した。
最明氏と好本氏の意見に全面的に賛同する池上氏が観光の課題を付け加えた。労働力をどう確保するかが大事。これから観光業界は世界中で労働力が不足をするというレポートが出ており、観光業は伸びるが、労働力が不足していくという。他の産業の価値観を変える必要があると提起した。国内での製造が減少し、自動化された際に生まれる余剰労働力を観光にシフトする価値観の変換など、国レベルで変えていくものがたくさんある、海外に対してオープンにしていくことも課題、とも述べた。
結びに
最明氏は、免税制度の見直しなどの懸念材料はあるが、観光業が潤うことが最終目的だとは思っていない。日本の力をつけていくため、日本で作ったものを海外の方々にも購入してもらい、その利益を還元し、新しい投資に結びつけていくことが最初目的だと思っている。その思いで観光という面で頑張っていきたいと述べた。
好本氏は、ショッピングにおける日本の最大の強みは、コンテンツだと言う。それ以外に3つ挙げた。1つは快適性。おもてなしやサービス、接客の素晴らしさ。2つ目は安全性。安全とは街の安全だけでなく、実は買い物においては、偽物が極端に少ないことも日本が誇ること。3つ目は価格。デパートでは海外の富裕層が為替を確認しながら店頭で電卓を弾いていることも多いと言い、快適で安全で価格もきちっとしていることが日本の強みであり、免税制度は地方の活性化を後押しするはずとの見解を示した。地方の百貨店を巡った印象として、インバウンド客への取り組みが行われつつあると述べた。地方では人材と財源が圧倒的に不足しており、中央が地方創生を進め、財源に余裕がある地方の中核都市と兼ね合いを図り、民間の力を引き出すことがポイントとも語った。
新津氏は、日本の産業を成長させるための起爆剤、エンジンが訪日観光だと改めて感じている。日本で最もポテンシャルのある産業が観光であり、その軸が免税制度であるとも言え、まだまだ伸びしろのある地方には必要な制度と見解を示した。
緊張を高めている日中関係が訪日観光に与える影響について
時事的な事柄として、緊張を高めている日中関係について、カンファレンスの最後に会場から質問が挙がった。好本氏は、影響はあるだろうが、過去にも同じような事象があり、その度に解決しており、日本人が持つ協調の精神を発揮する雰囲気が醸し出されることを願っているとコメントした。
最明氏も、これまでも同じような状況が何度もあり、その度に振り回されてきたため、実際には”また”というのが正直な受け取られ方。各地ではマーケットを1つに依存せず、分散するなど努力を重ねてきいる。日本はインバウンドのリピーター率が高く、何度も訪日している中国の方は、日本を理解しているはず。以前に比べ、日本では冷静な方が多いと感じており、訪日客には日本の平和の姿を実際に体験してもらい、帰国していただくということが大切、と述べた。
(北野智子)