2024年10月10日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 「買い物」から「体験」へ大きく変貌する訪日観光客

「日本の酒蔵に行ってみたい」。京都を地盤に、観光客向けのオーダーメイドツアーを手掛ける男性は、米国人親子からそんな依頼を受けた。しかし、単に酒蔵を見せに行ってもよくある見学ツアーと変わらない。そこで男性が提案したのは、一癖ある京都の酒蔵見学ツアーだった。

まずは水田で農家から稲作の話を聞いた上で、酒蔵に行って醸造の現場を見学。その酒蔵で日本酒の試飲と昼食を取った後、試飲して気に入った日本酒を受け取って終了というもの。米国人親子はいたく感動していたという。

半日のツアー料金は、ハイヤー代とガイド代別で5万円。庄司氏は、「通常の酒蔵見学は無料がほとんど。だが、稲作から日本酒ができるまでの過程を学ぶというストーリーを付けて提案すれば、付加価値の高いツアーになる」と語る。

  • 現地でしかできない体験を求めている

中国人の「爆買い」に沸いた2010年代後半のインバウンドブームからコロナ禍を経て、訪日観光客の姿が明らかに変わっている。というのもコロナ禍で外出がままならない期間、「ネットやSNSなどを通じて、定番ではない観光地や日本文化に対する情報を得ていた」(オーダーメイドツアーの運営者)からで、興味関心を追い求めて地方都市まで足を延ばしているのだ。

訪日観光客の旅行が多様化するにつれ、人気を得ているのがオーダーメイドツアー。特に欧米の富裕層を中心に、日本の伝統文化や自然を学びながら旅する高付加価値ツアーが人気だ。

富裕層マーケティング会社ルート・アンド・パートナーズの増渕達也社長によれば、「成熟した訪日客の関心は地方に向き、現地でなければできない体験を求めている。トレンドはコト消費だ」という。

例えば増渕氏が手掛けた宮大工ツアーでは、木造建築の神社を訪問。神社の神殿の裏まで見学し、宮大工の解説を聞いたり、参加者も疑問を投げ掛けたりして、細部まで行き渡る木造建築の技巧について理解を深めた。

かつて訪日観光客の「ゴールデンルート」といえば、東京→箱根→富士山→名古屋→京都→大阪というコースだった。しかし、最近のトレンドは少々違う。訪日観光客向けカスタムツアー提供会社によれば、日本でのアクティビティや文化交流を目的にした50代の米国人夫婦が2週間、日本で過ごす場合の人気のコースはこんな感じだ。

日本到着後、まずは和歌山の熊野古道へ。トレッキングを楽しんだ後、大阪・堺市に移動し、特産である金物職人や盆栽職人と交流。和泉市でも、ガラス工房でガラス細工体験などを行う。

その後、京都を経て向かう先は福井だ。北陸地方は15年の北陸新幹線開通を機に観光地としての存在感が高まっており、職人文化を目当てに訪れる訪日観光客が増えている。

そこで越前の和紙手すき体験や鍛冶職人との交流を行った後、関東に戻って横浜観光を楽しんだ後帰国するという流れだ。

ちなみに2週間の滞在で、1人当たりの予算は250万円程度だという。

  • Rich、Repeat、Revengeが特徴

大きく変化している訪日観光客。その特徴は、3つの「R」で表すことができる。

1つ目のRは「Rich」だ。

観光庁の調べでは、23年1〜3月に日本へ入国した外国人のうち、47.5%が東アジア出身。コロナ禍前の19年に主役だった中国はトップ10圏外に落ち、23年は韓国が最多で台湾や香港のほか、米国やオーストラリアからの観光客の比率も高まっている。そんな観光・レジャー目的で訪日している観光客の世帯年収は、質問に回答した人のうち、約半数の世帯年収は10万ドル(約1400万円)以上とRichな層だ。

2つ目のRは「Repeat」だ。

訪日観光客の来日回数を見ると、3分の2が日本に2回以上訪れているリピーターだということが分かる。また定番観光地を巡ったリピーターの多くが地方にも足を延ばし、滞在日数が長期化。1回の日本旅行で1週間以上滞在する訪日客の割合は、19年の46%から23年は57%に増加。旅行の手配方法も、旅行者が個別で手配する割合が増えている。

こうした背景には、23年4月末から日本への入国制限が撤廃された「Revenge」期間だということがある。

訪日客の消費額は、宿泊費が3分の1を占めているもののまだまだ買い物代の割合も高く、円安が追い風となって宝石や貴金属類など高額消費が旺盛。今は福島第一原発の処理水海洋放出で中国人の足は止まったままだが、中国の団体旅行が復活すればリベンジ消費は高まるだろう。

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