2024年10月13日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 黒田「実質利上げ」のインパクトでどうなる株式市場

「これは実質的な利上げではないか!黒田が利上げに踏み切ったぞ!」

2022年12月20日、日銀の金融政策決定会合後に開いた黒田東彦総裁の会見を受けて、金融機関のディーリングルームは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。黒田総裁がこの日、長期金利操作の許容変動幅を従来のプラスマイナス0.25%から0.5%に引き上げると表明したからだ。何の前触れもなくあまりに突然のことだっただけに、市場はこの発表を「サプライズ利上げ」と受け止めた。そのため対応に追われていたのだ。

黒田総裁が「長短金利操作の修正であって金利引き上げではない。金融緩和の出口でもない」といくら強調しても、市場は聞く耳を持たなかった。変動幅を引き上げるということは、長期金利の上昇を容認することを意味するからだ。そのため、その日の為替相場は1ドル=137円台から132円台まで円高が進み、日経平均株価は一時800円超も下げたほどだった。

利上げと受け止めた理由

そもそもこの発表を市場はなぜ利上げと受け止めたのか、簡単に説明しておこう。

日本は世界的に見ても極めてイレギュラーな金融政策を採っており、中央銀行が10年物国債の金利をコントロールする「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)」を続けている。

ところがここ数カ月、10年物国債は「取引成立せず」が続いていた。というのも10年物国債に限っては、日銀が金利の上限を0.25%と定めていたため、日銀以外に国債の買い手がいなくなってしまっていたからだ。その反動として、8年や9年物国債に対して10年物の金利が低いままという歪んだ状態が続いていた。そのため今回、日銀はYCCがコントロールできなくなっているとして、10年物国債利回りの許容変動幅を0.25%から0.5%に拡大させたというわけだ。

確かにYCCの変動幅拡大は、2016年9月にYCCが導入されて以降、段階的に実施されてはいる。そのため今回の措置も黒田総裁が言うように利上げではなく、YCC柔軟化策の一環と言えるかもしれない。

また、年が明けた23年1月17〜18日の金融政策決定会合では、大規模な金融緩和策の縮小を見送っている。YCCを変更しなかったばかりか、本来、金融機関に対して国債を担保に低金利資金を貸し付ける制度「共通担保資金供給オペ」を拡充することによって、日銀に代わる買い手として金融機関に国債の購入を促した。つまり利上げという市場の観測を否定してみせたわけだ。

しかし、そもそも黒田総裁は、YCCの変動幅拡大を通じた長期国債利回りの上昇を「実質利上げ」とし、景気を悪化させることから「実施しない」と明言し続けてきた。つまり言い出しっぺは日銀だったわけだ。それだけに、今回の決定が「実質利上げ」と受け止められるのも無理はない。しかも、今回の決定を受けた後もYCCの歪みは残ったままで、効果はあまりなかったことを付け加えておく。

ポスト黒田で変わる政策

黒田総裁の意思がどうであれ、4月以降はそうした状況が変わりそうだ。4月8日に黒田総裁の2期目の任期が切れるからだ。岸田文雄首相は、「まず人は変わる」と発言、黒田総裁を再任せず、他の人に交代させる考えを明確にしており、後任の候補案を国会に提示する意向を示している。つまり、金融緩和策の見直しは、次の日銀総裁の手に委ねられることになる。

だが、トップが交代した直後からいきなり金融引き締め策に転じるようなドラスティックなものにはならないだろう。YCCの廃止もハードルは高い。まずは、今回、黒田総裁が見送った長期金利の許容上限を拡大する案が濃厚なのではないか。0.75%程度、もしくは1.0%前後に拡大するといった見方が市場では囁かれている。

とはいえ、ゆっくりではあるものの金融政策の正常化に向かおうとすることだけは間違いないだろう。というのも、今の大規模な金融緩和政策は、日米間の金利格差拡大を原因とした歴史的な円安を進行させたことに加え、日銀の国債保有割合が膨らみ財政法で原則禁じられている「財政ファイナンス」を行ったのと同じような状況が出現していた、また債券や株式の市場の機能が損なわれたといった数々の弊害を生じさせているからだ。

YCC廃止後の世界

では、少し時計の針を進めて日銀がYCCを廃止した場合、どのような世界が待っているのだろうか。

YCCを廃止して政策金利を引き上げると、当然、金利が大きく上昇することは避けられない。インフレ次第だが「2~3%上昇する可能性もある」(金融関係者)と言われており、短期的には金利の上昇によって円高が進むだろう。しかしもう少し長期で見ると、国債を大量に保有する日銀のバランスシートは悪化しており、ヘッジファンドなどが金利や為替の先物を使って市場の歪みに狙いを定めて円を売る可能性が高い。つまり短期的には超円高に向かうものの、長期的には超円安に向かうのではないかとのシナリオを示す金融関係者は少なくない。

さらに金利が上がれば株価は下落する。リスクのない預金などにマネーが回避するからだ。そこに加えて、日銀はこれまでETF(上場投資信託)を通じて日本の株価を買い支えてきた。しかし、金融緩和から金融引き締めへとシフトすれば買い支えをやめて保有株式も売却していくことになるだろう。となれば、日銀が株価の下落をさらに推し進めてしまいかねないのだ。

こうした状況において、個人投資家はどのように対応すればいいのだろうか。

複数の金融関係者の声を総合すると、「金融政策が引き締めに向かうという方向性は間違いないが、そのタイミングを図るのは極めて難しい」とした上で、株は「ある意味正常な姿に戻っていくと言えるのだが、今まで以上にリスクが高くなる」という。さらに「ETFで日銀が保有している株の行方がまだ不透明だが、万が一市場で売却するとなれば、これまで以上に大きく下がる可能性が高く、保有株が損失方向に進んでいると感じた場合は早めに損切りしておく方がいいだろう」との指摘も聞かれた。

強烈なインパクトだった政策変更を経て、個人投資家は正常化へ向けて姿勢を変える必要があると言える。

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