真剣勝負で議論を交わす、ミキハウスの「賢島商品検討会議」 現場の声がものづくりの指針に
会議の様子。奥上段に店長など店舗担当者が並んで発表し、手前側にその他の社員が集まる
「必ずコーディネート提案できる商品を揃えてほしい」「色のバリエーションはいいから、乗り物モチーフがほしい」――。三重県・賢島(かしこじま)の研修センターで、熱い議論が交わされている。ミキハウスの商品検討会議、通称「賢島会議」だ。そこでは全国の優秀店舗から店長・店舗スタッフ、本社から商品企画・生産管理・営業などの担当者、さらに木村皓一社長、経営陣らが一堂に集まり、膝を突き合わせて来季の商品や社の戦略について話し合う。ミキハウスの商品力を支える取り組みの1つだ。10月上旬に行われた第65回賢島会議を取材させていただけることになったため、その様子や内容をお伝えする。
部署や役職は関係なし、「納得できる意見」がカギ

会議の冒頭で語る木村社長
今年の賢島会議は、春と秋の2回で開催された。1泊2日の会議の中、1日目は優秀店舗の表彰式と懇親会を行い、次の日が終日商品検討会議となる。売上げ上位の店舗が売れ筋アイテムや顧客からの声、要望などを順次プレゼンテーションし、それに対して他部署や他店舗の社員が意見を述べる。会議で出た意見はすぐに対応できることから着手し、次の商品開発へ生かしていく。
この会議が会社に与える影響は大きい。ここ数年は「とにかくミキハウスらしくて、品質の良いものが求められている」「他社にはない高い付加価値があるからこそ、高価格でもご購入いただける」という声が多く上がり、海島綿やシルク、カシミヤなど稀少性の高い素材と日本の卓越した技術にこだわった最高級ライン「ミキハウス ゴールドレーベル」(以下、ゴールドレーベル)が誕生した。
ゴールドレーベルの中には数十万~数百万円というこれまでの常識では考えられない価格の商品もあるが、「とにかく子供に一番良いもの、本物を与えたい」という顧客からの支持を得て、売上げは好調。これを受け、ミキハウスは高付加価値・高価格化路線を推し進めている。
なぜそこまで闊達な議論が行われるのか。上席執行役員百貨店事業本部の伊集院弘和本部長は「当社の店舗スタッフは、『もっとしっかりお客様に喜んでいただきたいからこうしたい』という意欲、向上心が高い。お客様目線で日々真剣に取り組んでいる店舗スタッフの意見があるからこそ、互いに議論が活発になる」と述べる。木村皓一社長は「この会議は部署も役職も関係なく、誰もが平等な立場。皆を納得させられる意見であれば反映されるし、そうでなければ反映されない」と語る。
顧客の心理や好み、ニーズを徹底的に深掘り

店舗の社員が発表し、他部署の社員と意見を交わす(写真上段左が東武池袋店の水上店長、中央が銀座三越店の有馬副店長)
10月8日の商品会議には、約40人が参加した。まずは木村社長が、「昔から、ヨーロッパのラグジュアリーブランドのように、高い付加価値を持つ商品を、それにふさわしい価格で展開したいと思っていた。商品やサービスだけでなく、本社や物流センターといった施設も、一流の会社に建造を依頼し、“一流”にこだわっている。今ミキハウスは、世界中で一流のお客様から支持されているようになった。一流のお客様が喜ぶ商品について、今日は本音で語ってほしい」と会の目的を語った。
続いて各店舗の店長・スタッフが発表を行う。高気温化・長期化する夏に必要なアイテムといった商品に関するものから、接客オペレーションなどサービスに関するものまで、次々に意見が続いていく。
東武池袋店の水上寛子店長は、今年上期(3~8月)の売上げが伸びた要因として、女児向けブランド「チエコサク」を筆頭にトータルコーディネート提案が奏功したと説明した。逆にセットで提案できない商品は伸び悩み、「せっかくお客様が気に入っても、セットで着られる服がないとがっかりさせてしまう。できれば同価格帯で、セットにできる商品を用意していただけると有り難い」と要望を述べた。
銀座三越店の有馬ゆかり副店長は、ベビーのフォーマルウエアの商品提案を行った。「新しく作っていただいた、このベビーのフォーマルアイテムがとても人気。一方で、このような商品を2点、3点も購入したいというお客様も多いので、もっとバリエーションがほしい」と商品の画像とともに発表。この商品も、以前の賢島会議での提案からでき上がったアイテムだという。

過去の賢島会議の提案からできたベビーの新作フォーマルアイテム
この提案について、商品企画の担当者は別の商品を例に挙げながら詳細をヒヤリング。「このようなシルエットか?素材感は?色はどちらが良い?」と具体的なデザインや素材にまで話は及び、その場でディティールを詰めていった。
「さらなる高付加価値を」 ブランド戦略にも議論

ゴールドレーベルの方向性についても意見を述べる、日本橋三越店の河辺店長(写真左)
会議では商品だけでなく、ブランディングにまで議論が及ぶ。日本橋三越店は、今年2月に1階中央ホールで子供服ブランド初の超大型ポップアップを行い、9月下旬にはショップをリニューアルオープンした。河辺亜美店長は「とにかく高付加価値で、特別感のある商品とおもてなしを求める顧客様からの支持が多い」と、その成功事例や顧客のニーズ、それを基にした今後のブランディング戦略について発表した。
ある顧客が上下セットで100万円するカシミヤの服を2セット購入したことを事例として、「商品の価値にしっかりと共感していただき、お客様を深く理解した上で喜んでいただけるご提案、サービスを提供する」ことの重要性を改めて強調し、顧客とはその信頼の積み重ねで「ミキハウスだから買う」「この人だから買う」という関係性づくりをしていくべきだと語った。そして、一格上のもの・サービスを求める百貨店の顧客をさらに取り込むためには、特にゴールドレーベルにおいて、さらなる付加価値とそれに見合ったおもてなし、売場環境が必要だと提言した。
一方で、ある店長からは、新客の開拓におけるギフト需要について「一般的にギフトで一番ニーズの高い1万円以内の予算で、ベビー用品以外に、ウエアでボリュームのある商品を作れないか」というプレゼンがあった。ただ、他店舗から「この価格帯のウエアでボリュームを重視すると、(商品のミキハウスらしさとクオリティの面で)今のミキハウスの方向性やターゲット層から離れるのでは」という声も上がり、議論が白熱する一幕もあった。
その後も発表が続き、最後は商品企画チームのトップを務める、上席執行役員MD本部本部長兼企画本部副本部長の河原悠一郎氏が締めくくりの言葉を述べた。「ミキハウスを価格で競争せず、我々ならではの高付加価値な商品とサービスを正当な価格で提供する憧れのブランドにするためには、人の力が欠かせない。皆の力で、ヒット商品を生み出しましょう」と話し、8日の会議は終了した。
社員のコミュニケーションが会議の土台に
中身がぎっしりと詰まった濃密な時間だったが、参加する社員にとってどのような存在なのか。東武池袋店の水上店長は「日頃から本社の人とコミュニケーションを取っているが、賢島会議は色々な部署、役員の方が揃っている。多方面の話ができ、決定にスピード感がある」と語る。期間中は全国各地の店舗からスタッフが集まり、1泊2日行動を共にするため、賢島会議をきっかけに距離を縮め、自店に戻った後も頻繁に連絡を取り合うようになった社員も多いという。

MD本部本部長兼企画本部副本部長の河原氏
商品企画サイドは顧客の声を一つ一つ形にする側であり、負担も多そうだが、河原本部長は「我々は今、ミキハウスをベビーのトップブランドにするという、新たな領域へのチャレンジをしている。そのためには全国の店からの情報が大切で、お客様の声が商品やサービスの大きな手掛かりになる。環境はどんどん変わっていくため、できるだけ早く形にしたい」と前向きな姿勢を示す。
記者も終日同席させていただいたが、何より各店舗スタッフの熱意と情報の濃度に驚いた。店頭は売上げや日々の業務が優先というイメージだったが、素材を含めた商品の知識の深さ、顧客の文化的背景や考え方まで考慮した分析力、他ブランドやトレンドまで広くアンテナを張る情報収集力など、もはやマーケターと言って差し支えないレベルだ。発表の内容には非常に説得力がある。
そして根底には「お客様の期待に応えたい」という熱意があり、意見を聞く立場の社員にも同様の想いがある。そのため議論は非常に建設的で、その場で多くのことが進展した。ミキハウスという企業がここまで成長した理由を強く実感できる会議だった。

会議の休憩時間には、コミュニケーションを取る様子がでみられた(写真は木村社長と店舗スタッフ、ブランド管理の担当者)
なお、会議以外の時間は随所で皆が和やかに会話を交わしてる。特に表彰式や懇親会ではお互いを労ったり、冗談を言ったり、時には仕事の話もしながら、部署や役職の垣根なく楽しい時間を過ごす様子が見られた。このようなコミュニケーションがあるからこそ、会議で互いの意見を遠慮なく、本音で真剣に言い合える。これがミキハウス流のコミュニケーション術であり、強さの秘訣の1つでもありそうだ。
(都築いづみ)