最上級の鰹節はなぜ何度もカビを付ける?にんべん13代当主・髙津社長に聞いてみた
何度もカビ付け・天日干しを繰り返すことで、鰹節のうまみが凝縮される
世に出回るかつお節の中でも最上級に位置する、「本枯鰹節(ほんがれかつおぶし)」をご存じだろうか。うまみが凝縮され、濁りのない澄んだ琥珀色のだしを取れるのが特徴で、高級料亭で使用されたり、贈り物として選ばれたりする高級品だ。鰹節専門店のにんべんでは、製造工程でカビ付け・天日干しの過程を4回以上行ったかつお節のことを本枯鰹節と呼んでいる。
しかし、なぜカビ付けがうまみの凝縮につながるのか? また、どのようにこの手法が発見されたのか? 江戸時代からかつお節の販売を続けるにんべんの現社長で、13代当主でもある髙津伊兵衛社長に聞いてみた。
にんべんの髙津伊兵衛社長。自身で料理もされるそうで、「昨日はあんかけパスタをつくりました。トッピングには当社のかつお節を使いましたよ」とのこと
まずにんべんについて簡単に説明すると、創業は1699年(元禄12年)。初代・髙津伊兵衛が江戸の日本橋でかつお節、干物、雑穀などを売ったことが始まりとされている。その後、鰹節専門店としての地位を確立し、特に関東圏での人気が高い。近年もかつお節の削り節を密封した「フレッシュパック」、液体調味料「つゆの素」といったヒット商品を出している。
ちなみに当主は代々「髙津伊兵衛」の名を襲名しており、現社長の髙津氏も代表取締役社長の就任後、2020年2月に襲名している。
脂質が分解され、うまみや香りの成分が発生
――なぜ、カビを付けるとかつお節のうまみが増すのでしょうか?
かつお節に付く良性のカビは、学術名で「ユーロティウム」と呼ばれています。これが付くと、①水分が抜けて腐りにくくなる②うまみが増す③香りが増す――という3つの効果があります。水分は腐る原因になりますが、カビが増殖する過程でかつお節内の水分を使用し、減少させます。また、脂肪を分解し、うまみや香りの元となる物質を発生させます。
カビ付けと天日干しの繰り返しによって、魚臭さの少ない上品な風味に変化します。また脂肪分の分解によって、濁りが少なく、澄んだだしになります。青魚に多く含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)が増加するというデータもあります。
カビ付けの回数による、鰹節の分類(にんべん提供)
一般社団法人全国削節工業協会では、2回以上したものを「枯節(かれぶし)」、1回以下のものを「荒節(あらぶし)」と定義しています。当社では本枯鰹節と枯節を主に使っており、本枯鰹節は「フレッシュパックプレミアム」「つゆの素特撰」など、より上質な商品に使用します。
江戸時代、航海中に付いたカビを払う中で偶然発見
――カビが付くことで、何重にもメリットが生まれるんですね。製造方法は、いつ頃生まれたのでしょうか。
実は、本枯鰹節の誕生と普及には、当社も関係しています。江戸時代は土佐や紀州がかつお節の産地として有名で、一度大阪へ集められた後、江戸をはじめ全国各地へ船で輸送されました。元々その頃は、一度だけカビ付けするかつお節が上等品として評価されていました。しかし昔は航海に時間がかかりますし、波や潮風に当たるので、輸送中に勝手にカビが発生します。それを何度も払い落すうちに、保存性やうまみが増すことに江戸の鰹節問屋が気付きました。
江戸時代までの製法の伝播と変遷(にんべん提供)
これを商品化するため、江戸に近いかつお節の産地である西伊豆に、江戸の鰹節問屋が製造を依頼。そこで、本枯鰹節が誕生しました。当社は本枯鰹節を仕入れ、生産者と協力して生産技術を共有・改良する提案を行うことで、より高品質な鰹かつお節の完成を後押ししました。
そうして江戸や東京では本枯鰹節が普及し、本枯鰹節を使った「出汁文化」が今でも色濃く残っています。特にお蕎麦屋さんなどでは、本枯鰹節のだしを引いたそばつゆを使っているお店が多いです。文化の普及、食文化の大事な部分にも関わっていたということなんですね。
幕末~明治時代の製法の伝播と変遷(にんべん提供)
品質安定のため、カビ菌の特許を取得して無償で公開――関東はかつお節だし文化、関西は昆布だし文化と言われますが、そうした文化の発展にも御社が関与していたとは驚きです。
その後も当社は、高品質で安定的な商品の供給に努めました。現在では、「カネサ鰹節商店」(静岡県西伊豆)、「立石水産」(鹿児島県枕崎)といった協力工場によって製造されています。工程の多くは手作業で、職人の熟練の技が欠かせません。仕上がった本枯鰹節を我々にんべんの目利き職人が選別し、品質に応じた等級分けを行います。
本枯鰹節の製造は、熟練の職人の手によって行われている
かつお節の菌については、長年あまり研究が進んでいなかったのですが、1977年に当社の社員が本格的な研究を始めました。少ない論文と研究者を頼りにカビを徹底的に観察し、実験を繰り返す中で、89年に9種類の菌株で特許を取得。これらの特許は無償で公開しています。
ただ今後の長期的な懸念として、近年はカツオの漁獲量が減少し、その分価格も上がっています。安定して供給し続けるため、「MSC認証」「CoC認証」を協力工場に取得してもらいました。「海のエコラベル」とも言われる、持続可能な漁業で獲られた漁獲物のに対する認定です。この認証が付いたかつお節を昨年発売しました。
「本枯鰹節」を世に伝え続けていきたい
――御社が本枯鰹節の普及や発展に、非常に大きな働きをしていたことがよく分かりました。最後に、御社にとって、本枯鰹節とはどのような存在なのかを教えてください。
実はかつお節市場の中で、本枯鰹節のシェアは数%しかありません。加工に使うものは、カビ付けする前の荒節を原料とするのが主流で、枯節のシェアも十数%にとどまります。しかし我々としては、伝統を大切にし豊かな食文化につながる本枯鰹節の存在を、これからも世に伝え続けていきたいと考えています。
最近、家庭の料理では簡易調味料を使う「簡便化」の流れがありますが、我々も簡便化の流れを拒んでいるわけではありません。当社でも簡易調味料を多く販売しています。ただ、そこを入口として、かつお節そのものにも関心を持っていただきたいという想いがあります。また、削り節をトッピングなどで使う機会はそれほど減っていないそうです。当社も「フレッシュパック」を出していますし、気軽に食生活に取り入れていただければと思います。
(都築いづみ)