2021年11月27日

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【連載】富裕層の事業継承問題③ M&Aが事業承継で活用されている理由

写真はイメージです Photo by Nick Chong on Unsplash

コロナ禍において、会社を引き継ぐ「事業承継」は待ったなしの状況になっている。だが、方法やタイミングを誤れば大きく損をしてしまう。そこで特集「倒産しない事業承継ノウハウ」の第3回は「M&Aによる事業承継」のノウハウをお伝えしよう。

 

中小企業の事業承継でもM&Aが普及 

「最近は、中小企業でもM&Aを使った事業承継が一般的になってきました」

都内で中小企業を営み、事業承継を検討している男性は、プライベートバンカーの男性にこのように言われた。M&Aといえば、大企業の話のようにも思えるが、最近では中小企業の事業承継の世界でも一般的になっている。特に身内や社内に後継者がおらず、M&Aの手法を使って会社を売却せざるを得ないからだ。

この社長には子どもがおらず、親族内に後継者がいない。ましてや社内にもこれといった人材がおらず、「将来はどこかの会社に従業員を引き継いでもらうしかないかもしれない」とおぼろげに考えていただけに、「そんな手があるのか」と驚いたという。そこで今回は、プライベートバンカーが社長に伝授したM&Aを使った事業承継のノウハウについて見ていくことにする。

M&Aでは、まず銀行や税理士事務所、M&A仲介業者といったなどアドバイザーに相談することになる。その際、必ず秘密保持契約を結ぶ。企業の機密情報が漏れないようにするのはもちろんのこと、従業員や取引先に不信感を抱かせないためにも重要だ。その上で具体的な売却先の選定や、条件の交渉に移り、デューデリジェンス(対象の業に対する詳細な調査)などを経た上で最終契約に至る。

条件交渉の大部分を占めるのは売却価格の交渉だ。では、価格の決め方について見ていこう。M&Aにおける売却価格の算定では、複数の方式で算出した価格の中の範囲の中から、最適な価格を選んで決めていくのが一般的。ここでは、代表的な3つの方式を紹介しよう。

 

売却価格の算定方法は3

まず1つ目は「DCF法(割引現在価値法)」だ。事業計画を作成し、将来その企業が生み出すキャッシュフローを現在の価値に置き換えて評価する方式で、大企業のM&Aでは最も一般的な手法だ。

2つ目は「マルチプル法(類似会社比較法)」だ。類似する上場企業の財務数値を使って、企業の価値を算定する。具体的には、類似上場企業の時価総額をEBIDA(営業利益+減価償却費)で割り、倍率(マルチプル)を算出。その倍率を評価対象企業のEBIDAと掛けることで、評価対象企業が上場していた場合にどの程度の株価がつくかを簡易的に算出するというものだ。マルチプル法はDCF法と異なり、相対的な価値を見る計算方法だが、将来の価値を反映している点ではDCF法と同じだ。マルチプルを求めるときに使う上場企業の時価総額には、市場参加者が考える将来キャッシュフローが内包されているためだ。

それに対し、将来価値を考慮しないのが3つめの「年買法」だ。M&A仲介業者などがよく用いる方式で、評価対象企業の純資産に3年分の営業利益を足して算出する。つまり、4年目以降はビジネスを行わない前提として、企業の価値を計算しているわけだ。

3つの方式のうち、どれの方式が最も高い価格価値を示すになるかは、各企業の財務状況や業種によって異なる。しかし、実際の実務上では、年買法が好まれることが多い。売り手の経営者から見れば、自分が過去積み上げてきた純資産は評価してほしい。さらに3年という期間の利益は想像しやすい。売却せず、経営を続けていれば稼ぐことのできた金額に相当し、イメージがしやすいのだ。逆に買い手から見ても、3年という短い期間で投資回収をイメージできるため、採用しやすいわけだ。

ただし、実際には3年目以降も事業は継続する。成長性のある会社事業であれば、将来の価値を評価した方ほうが価格は上がるはずだ。売り手から見れば成長性のない事業でも、買い手次第ではシナジー効果が見込めたり、成長が見込めたりする場合もある。そうした場合には、年買法で算出された金額以上の価値で評価してくれる買い手も出てくる。だから、安易にわかりやすい計算方法に飛びつくのではなく、それぞれの方式で価格価値を確認し、売却価格を検討していくことが高く売るための第一歩だ。

その上で、さらに価格を引き上げたければ、複数の売却先候補に価格を競わせるのも有効だ。売り手側の選択肢が増えることで、交渉も有利になり、価格も上昇することが多い。

 

将来的な節税効果を狙うテクニック

M&Aによる事業承継では、「高く売る」だけでなく、「上手に売る」ことも必要だ。専門家によれば、「株式譲渡よりも、事業譲渡をするほうが、将来の節税になる」という。会社全体を売却するのではなく特定の事業のみを売却するわけだ。たとえば、無借金経営で純資産3億円の会社A社があり、売却価格も3億円と仮定する。このうち1億円が本業に使われている資産、残りの2億円は不動産など本業とは関係ない資産だ。

株式譲渡の場合、オーナーは会社を手放して、3億円の現金を手にする。これを使い切れれば問題はないが、使い切れなければ、将来、親族に相続しなければならず、新たな相続問題が発生する。

これに対して事業譲渡を選択し、1億円の事業用資産のみを売却したとしよう。この場合、会社自体と非事業用資産2億円は手元に残り、譲渡益の1億円も入ってくる。そして、将来親族に相続するのは、会社の非上場株式となる。現金を相続する場合は、基本的に額面がそのまま評価額となるが、非上場株式の相続であれば場合は株価を算定して相続するため、相続税は現金よりも軽くなりお得なのだ。

さらに、法人が手元に残っていれば、一定の条件を満たせば、事業承継税制の特例措置を活用することも可能で、贈与税や相続税が免除される。売却直後の企業は資産保有型会社に該当し、納税猶予を受けることはできないが、「3年以上事業を営む、親族外の従業員5人以上、事務所または店舗の所有」といった事業実態要件を満たすことで、適用が可能になるのだ。たとえば不動産投資を行い、不動産賃貸業を始めれば、税負担はゼロになるというわけだ。

事業譲渡のスキームは、買い手企業にとってもメリットが大きい。会社まるごとではないため、買収に必要な資産を譲り受けつつ売却価格を抑えることができる。ほかにも、非事業用資産にかかるデューデリジェンスの費用なども抑えることができる。また、のれんの償却も可能。買い手にも節税効果もがあるからだ。

株式譲渡の場合、売り手のオーナーにかかる税金は所得税。それに対し、事業譲渡の場合は法人税がかかる。単純な税率だけ見れば株式譲渡の方が低くなるが、将来的な節税効果を考慮すれば事業譲渡の方が得なことは間違いない。

会社の売却や節税効果を狙った事業譲渡はタイミングも重要。よく見計らってトライしてみてほしい。

 

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