2024年12月10日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 中国の団体旅行解禁で幕が開けるインバウンド再爆発

今年8月10日、あるテレビ局が報じたニュースに、旅行業界はまるで蜂の巣をつついたかのような騒ぎになった。そのニュースとは、中国政府がそれまで禁じていた中国本土から日本への団体旅行について、解禁する方針を固めたというものだ。

中国政府は新型コロナウイルスの感染が最初に拡大した2020年1月以降、国内の旅行会社に対して海外への団体旅行の取り扱いを制限してきた。今年2月からは段階的にタイやインドネシア、ロシアなど60カ国を対象に解禁したものの、日本は対象に含まれていなかった。そうした中、実に3年半ぶりに日本を含む78カ国についても解禁するという情報だったため、旅行業界は大騒ぎになったのだ。

コロナ前の訪日観光客の主役は、なんといっても中国人観光客だった。日本政府観光局(JNTO)によると、コロナ前の19年、中国本土から959万人の中国人が日本を訪れ、訪日観光客全体の実に3分の1を占めていたという。

それがコロナ禍でぱったりと途絶えた。コロナ禍が沈静化した後も中国政府は富裕層を中心とした個人旅行しか解禁せず、中国人観光客はコロナ前の19年比でわずか2割強。100%以上回復している米国や、それ近くのアジア諸国と比べて明らかに見劣りしていた。しかし団体旅行が解禁となれば、200万人近く中国人観光客が上振れる可能性があるというのだから、そのインパクトは大きい。

一報に触れた外国人向け旅行代理業を営む男性は「ついに、彼らがやってくる」と顔をほころばせる。この男性のもとには翌11日から早速、「日本への団体旅行を9月頃から始めたい」との連絡が相次いで入り、「ついては、コースなどに関する詳細を急いで詰めたい」と相談されたという。「早くても10月くらいに解禁されるのではないかと思っていたが、予想外に早かった。われわれにとっては大きなビジネスチャンス。急いで準備に取り掛かる」と男性は意気込む。

それから2週間が経過した8月23日夜。解禁後初めて中国からの団体旅行客を乗せた北京発の全日空便が、羽田空港に到着した。団体客は添乗員に先導され、笑みを浮かべながら到着出口に現れた。全日空によると、今回の団体旅行では東京都内や富士山などを巡り、27日に帰国する予定だという。

中国からの団体旅行客が本格化するのは「9月中頃からではないか」(旅行会社幹部)と見られている。

準備を進めるインバウンド関連業界

歓迎しているのは、この男性のような旅行関係者だけではない。航空会社やホテルといったインバウンド関連企業はおおむね歓迎ムードだ。

このうちANAホールディングスの芝田浩二社長は、「訪日に弾みがつき経済の活性化につながります。相互交流促進のため、日本人の中国行きのビザ免除再開も切望します」とのコメントを発表。早速、国際線旅客数の計画を見直し、7月末時点でコロナ前の35%に当たる週62往復まで絞っていた中国便を、需要に応じて増便する検討に入った。

さらに中国人観光客の増加は、経済波及効果も大きい。というのも観光庁の調べによると、中国人観光客の1人当たりの旅行支出は33万8238円。これは35万8888円で1位の英国に次いで第2位だ。台湾やフィリピン、韓国といったアジア諸国・地域と比較してもかなり大きい。

これは23年4〜6月のデータで、富裕層を始めとする個人旅行客が多く、円安もあって高額商品の購入などが金額を押し上げている側面もある。しかし、現在、訪日している中国人の3倍以上に当たる200万人もの団体旅行客が日本を訪れれば、そのインパクトは計り知れない。その結果、訪日観光客全体の消費額は2000億円上振れするとの試算もある。

既にそうした状況を見越して、準備に取り掛かっている

はとバスは、コロナ禍で運休していた中国語によるツアーを9月末から復活させる。富士山周辺を巡るコースで、以前は乗客44人乗りの黄色い一般バスのみで運行していたが、新たに24人乗りの最上級バスを一部の日程で使うという。 料金は大人1万6000円に設定、一般バスより4000円高いが、縦3列のゆったりした独立型の座席で、全席にコンセントを完備、コーヒーなども提供するという。

ドラッグストア大手のマツキヨココカラ&カンパニーも、免税対応店をコロナ禍前の5割増に当たる1500店規模にまで拡大。台湾や香港といった海外店舗での購買情報を分析し、中国人観光客が好みそうな商品のラインナップを拡充するという。

ただ、8月24日に実施された東京電力福島第1原発処理水の海洋放出の影響を懸念する声もある。特に中国政府が日本産の海産物の輸入をストップさせるなど批判を強めているからだ。とはいえ、ある旅行会社の幹部は「政府と国民との間には温度差がある。コロナ禍で行動を制限されていた人たちは海外旅行に行きたがっており、そこまで心配する必要はないのではないか」と指摘する。

新型コロナの水際対策が緩和された昨秋以降、歴史的な円安も相まって、日本には多くの訪日観光客があふれている。そこに中国の団体旅行客が加われば、「インバウンド再爆発」は間違いなさそうだ。