2024年05月06日

パスワード

購読会員記事

【連載】富裕層ビジネスの世界 富裕層の世帯と資産は増えているものの素直に喜べない理由

日本の富裕層が増えている。野村総合研究所が今年3月に発表したデータによれば、富裕層・超富裕層の世帯数が、2005年以降の最多に上っていることが明らかになった。

野村総研は2年に1回、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から不動産購入に伴う借り入れなどの負債を差し引いた「純金融資産保有額」を基に、総世帯を5つの階層に分類し、各々の世帯数と資産保有額を推計している。今年はその発表年で、21年の推計を発表した。

それによると、純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」は139.5万世帯、同5億円以上の「超富裕層」が9.0万世帯で、合わせると148.5万世帯となった。

アベノミクス以降増え続けている

21年の富裕層・超富裕層の合計世帯数は、推計を開始した05年以降最も多かった19年の132.7万世帯からさらに15.8万世帯増加。富裕層・超富裕層の世帯数はいずれも、安倍政権の経済政策(アベノミクス)が始まった13年以降、一貫して増加を続けている。

19年から21年にかけて、富裕層および超富裕層の純金融資産保有額は、それぞれ9.7%(236兆円から259兆円)、8.2%(97兆円から105兆円)増加し、両者の合計額は9.3%(333兆円から364兆円)増えた。

過去10年近くにわたって富裕層・超富裕層の世帯数、および純金融資産保有額が増加している要因について、野村総研は次のように述べている。

「株式などの資産価格の上昇により、富裕層・超富裕層の保有資産額が増大したことに加え、金融資産を運用(投資)している準富裕層の一部が富裕層に、そして富裕層の一部が超富裕層に移行したためと考えられる。21年にはコロナ禍においても日経平均株価はバブル崩壊後の高値を更新するなど運用環境は好転したものの、現状では状況が悪化している経済指標も見られ、今後の富裕層・超富裕層の世帯数や純金融資産保有額に影響を与える可能性がある」

22年に一気にしぼんだ可能性も

確かにこの調査はあくまで21年時点のもの。野村総研も「現状では状況が悪化している経済指標も見られ」と言っているように、22年以降、金融市場が急変したあおりを受けて資産が目減りしてしまった富裕層は少なくない。

その様子は、英投資コンサルティング会社ヘンリー・アンド・パートナーズが4月にまとめた富裕層の調査データからうかがい知ることができる。

この調査は、100万ドル(約1億4000万円)以上の投資可能な資産を持つ富裕層の人数を、世界の主要都市別に集計。22年末時点では、東京は米ニューヨークに次ぐ2位で、29万300人だった。

だが、東京の富裕層は22年の年初から6月末にかけて8%減少し、さらに年末にかけて5%減少。10年前の12年末と比べても5%減少している。つまり、10年ほどかけてじわじわと拡大してきたはずの富裕層は、22年に一気にしぼんでしまったと言える。

世界の株式相場は昨春以降、米国の政策金利引き上げなどで大幅に下落した。足元では戻しつつあるが、米国など昨年来高値を回復しきれていない市場は多い。ある富裕層サービスを運営している会社の代表は、「米国株などのドル資産に振り向けていた資金を、リスク回避でいったん日本の資産へ戻す顧客が少なくない」と指摘する。

その一方で、金利上昇による外貨高の恩恵を享受しようと、ドル建てなど海外債券に積極的に投資した富裕層も多かった。しかし、それが逆効果だったと言える。

また金利上昇は資金調達コストを増大させた。投資ファンドなどからベンチャー企業へ流入する資金も米国などで急速に縮小。日本でも、それまで活況を呈していたIPOにも急ブレーキがかかった。

22年度は110件と件数自体は高水準だったものの、前年度からは23件も減少。その減少率は17%に達した。これは世界的な金融危機に見舞われた09年度の32%減に次ぐ水準で、潮目が急激に変わったことがわかる。市場環境の悪化を受けて上場計画を取りやめ、会社を売却する路線へ切り替えた経営者も増えているからだ。

課税逃れに走る富裕層

こうした状況を受けて、富裕層が目の色を変えて「課税逃れ」に走っている。

国税庁の21事務年度(21年7月から22年6月まで)における富裕層の1件当たりの申告漏れ所得金額は3767万円に達した。前年度に比べ66%もの大幅増で、過去最高を記録している。

さらに海外取引をしている富裕層に限定すると、1件当たりの追徴税額は2953万円。前年度と比較して3.3倍に増えた。富裕層以外の一般的な所得税実地調査における追徴税額と比べると、9.1倍もの高額が追徴されていることになる。

21年に膨らんだ富裕層も、22年には大打撃を受けてしまい、投資によって抱え込んでしまった損失を、海外取引による所得隠しで何とか相殺しようとしている。そんな姿が見えてくると言えそうだ。

<前回の記事を読む 【連載】富裕層ビジネスの世界 株主総会で加速する「社長のクビを狙いにいく株主たち」の動き